過去のコラム【2013年アーカイブ】
« コラム 一覧へ戻る今年も、桜が咲き始めましたね。この春、高校の同級生だったドリアン助川くんが書いた小説「あん」のプロローグにも、印象的な桜の話が盛り込まれていました。そんな心ときめく桜の季節が、みなさんの周りにもやってきていることと思います。
この桜の皮を使った漢方薬をご存じですか? 江戸時代に、解毒、鎮咳、咳嗽、湿疹、蕁麻疹などの治療目的に使われていたそうです。このブログの第1回目に登場していただいた華岡青洲先生が考えた漢方薬で、「十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)」に配合されていました。この漢方薬は、みなさんが青春時代に一度は悩んだことがあるニキビの特効薬としても知られています。
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今回、初診でお見えになったFさんは30歳代のキャリアウーマンです。口の周りにできたニキビが気になり来院されました。「ポツポツとできはじめ、皮膚科へ受診して抗生物質の内服と塗り薬をもらったのですが、良くならず、3週間が経ってしまった」そうで、何とか来週末の出張までに治してほしいと、まくしたてるようにお話になりました。
皮膚トラブルで漢方専門外来にお見えになる方のうち、「西洋医学では治らないので来院された」とおっしゃる患者さんの多くは、単なる皮膚トラブルではなく、体調不良があったり、精神的問題を抱えていたりすることが多いように感じています。Fさんのニキビが、出始めたころの話をよくよく聞いてみると、年度末で仕事が忙しく疲れ気味で、過食になっておいででした。
そこでわたしは「皮膚の病気を治すには、2週間、時間が欲しい」「外来へは数日ごとに、こまめに通院して欲しい」と条件を出しました。というのは、残業続きで体調管理ができておらず、生活のリズムが狂っているように見えたからです。通院することで、仕事のスケジュール管理をしっかりして、生活スタイルを立て直すきっかけとして欲しかったのです。
初診から数日後、Fさんのニキビは紅みが消えてきました。「抗生物質を止めてから便通がよくなり、お腹がはらなくなりました」と少しゆっくりとお話になるようになりました。しかし、まだどこか緊張感があり、イライラそわそわしている様子がうかがえましたので、再度、数日後に来院していただくことにしました。
初診から1週間後、Fさんが3回目の診察へお見えになりました。診察室へ入ってくると、「大きなニキビができなくなりました」と嬉しそうにしゃべりはじめました。週末から予定されている出張の準備の話や上司とのトラブルについていろいろとお話になりながら、仕事に追い回されていたことが皮膚トラブルの原因だったのだろうと自ら納得された様子でした。わたしはもう大丈夫だろうと1週間分の処方させてもらいました。
そして、出張から帰ってきたFさんが外来へお見えになりました。見違えるような笑顔で、「久しぶりにお化粧をしました」と、出張土産の桜茶をお持ちになりました。口の周りのニキビは、もうほとんど見えなくなっていました。
卒業式の季節になりました。今年、卒業される皆さん、本当におめでとうございます。4月からはすばらしい毎日が待っていると思います。心から応援しております。
今週、わたしの外来にもこの春で胃がんの手術をして5年が経ち、「卒業」を迎えた78歳のEさんがお見えになりました。
Eさんは胃がんのため、わたしが2008年2月に腹腔鏡を使った外科手術を執刀させていただき、術後も外来で定期的に経過を診てきた患者さんです。
Eさんが診察室へ入ってくると、わたしは今回行った諸々の検査結果を説明しました。血液検査、上部消化管内視鏡(胃カメラ)検査、胸腹部CT検査など、すべての検査結果で問題ありません。するとEさんが「先生、無事5年たったのですね。これでひと安心です」と深々と頭を下げられました。わたしも「そうですね、Eさんも『卒業』ですね」と声をかけました。
Eさんが以前、「胃がんは、5年間経過をみると大体、再発の心配がないかどうか、わかるんですってね」と少し不安げに質問されたので、「5年生存率といって、統計学的なデータが元になって判断されます」と説明したことを思い出しました。
「それではEさん、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)は目的を達したので今日で終わりにしましょうか?」と、術後の体力低下を改善する目的で、5年間続けていた漢方薬のことを聞きました。するとEさんは「先生、この薬、がんの人しか飲んじゃいけない薬ですか?」と真剣な顔で質問されたのです。
思いがけない言葉でしたが、わたしは「いえいえ、がん患者さんだけではなく疲労倦怠感がある方にもお出ししますよ。例えば仕事が忙しくて疲れがとれない方や貧血気味で朝起きられない方など、使い方はいろいろですけれどね」と説明しました。Eさんは「この十全大補湯をもうしばらくもらうわけにはいきませんか? わたしはこの薬のお陰で、手術後も体調が良く、風邪もひかず暮らすことができました。先生は卒業とおっしゃりますが、もう少し長く外来へ通いたいのです」と自ら卒業を辞退されたのです。
十全大補湯は、慢性疾患の全身衰弱に用いられる漢方薬で、四物湯と四君子湯に黄耆(おうぎ)、桂皮(けいひ)を加え、4+4+2=10というネーミングで、がん領域では再発予防にも効果があると考えられています。
Eさんから卒業辞退の申し入れを受けたわたしは、十全大補湯がEさんの、単にがん再発防止による予後改善に働いていただけではなく、日常生活の質も改善していたのだ気づかせてもらいました。
5年間、1回の診察時間は短いものでしたが、春夏秋冬、Eさんの学生時代の話や家族のことなど、いろいろな会話を重ねてきました。わたしは、ある時期からは診察室に入ってくるEさんのちょっとした仕草から体調の変化を感じ取ることができるようになっていました。
わたしは、Eさんからの卒業辞退の申し出に「えぇ、いいですよ。それでは、今日でわたしがEさんの胃がんの主治医からは卒業させてもらいますね。これからはあらためてEさんの健康管理の主治医として診させていただきたいと思います」と笑顔で答えさせてもらいました。
Eさん、これからも宜しくお願いします。
きょうから、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)も2次ラウンドです。サムライたちが、たくさんの方々の心に残る東日本大震災のキズを、すこしでも和らげてくれることを期待しています。
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さて、今回の話題は、「パソコンの画面を見て、患者さんの顔を見ない」というクリニックを何軒も受診したにもかかわらず、よくならない「めまい」を主訴に来院されたDさんの話です。
Dさんは60代後半の女性で、「めまい」を自覚されたのは2年前の震災の後でした。わたしの外来には、震災以降、「めまい」の患者さんが増えました。みなさんに共通する症状は、「何か不安になると、めまいがする」というものです。
Dさんは、毎日、寝るときになると「めまい」がするので、かかりつけの耳鼻咽喉科で耳の検査や頭のMRI検査もしてもらったんだそうです。しかし、原因らしきものはなく、その後、神経内科、脳神経外科、心療内科など何軒かクリニックを受診され、投薬を受けたのですが、よくなりませんでした。
「横になるのが、怖いんです。だから、まずは座り込んで体を低くしてから、クッションにもたれかかり、その後、少し高い枕に寝た後、寝るためのものに転がりながら移るんです」と、不安げな顔をしながら、小さな声で話されました。
ご自身でも精神的なものが、めまいの大きな原因になりうることをご存じでした。いろいろとお話をお聞きしながら、ご主人が3年前に亡くなられたときのことや息子さんが遠方で仕事をしておいでになることなど、一通りお話を聞き終えた後、診察をさせていただきました。
さて、みなさんは、漢方専門の外来でどんな診察をしているか、ご存じですか? 漢方医学の診察は、一般的に内科で行う診察とあまり、かわりません。強いて言えば、舌の所見をよく見たり、脈の所見やお腹の所見の取り方が違っていたりするぐらいです。
そこで、わたしはDさんの両手をとって、肌に触れて動脈の拍動をゆっくりと診せていただきながら、「それでは、横になってください。お腹を拝見しますよ」とうながしてみました。すると、Dさん、全く躊躇することなく、診察台の上に仰向きに横になったのです!
わたしは、Dさんのお腹を診察しながら、一呼吸置いた後「ねぇ、Dさん。先ほど、横になるとき、すんなりできましたね。めまい、起こりませんでしたね」とお尋ねしました。すると、「あら、本当だわ!何年ぶりでしょう!こんなに素早く横になれたのは!」と嬉しそうな笑顔をされました。
クリニックなどを受診されたとき、医師が電子カルテに向かってキーボードをたたくのに夢中になってしまい、顔も見ずに診察が続けられた経験を皆さんもお持ちだと思います。
わたしが、漢方外来へいらっしゃる皆さんへ、心がけているのは、「
漢方医学が育ってきた環境には、現代医学的な検査(血液検査、レントゲン撮影、超音波検査など)がありませんでしたので、いかに患者さんから情報を得るかが大切でした。聴診器すらない時代に、舌の具合から胃腸の状態を診察したり、脈から急性疾患による体調の変化を診たり、腹部所見から体質や精神的変動を診断していきました。
今回のDさん、これまでに溜まっていた不安をじっくり聞いたこと、しっかりと「
先日、猫の記事だけが載っている「ねこ新聞」を知り合いから読ませていただきました。どうも、人間と同じように猫も花粉症で苦しんでいるようですね。
そんな猫もつらいこの季節ですが、花粉症の人間(?)に漢方薬で最も使われるのは、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)です。「味が少し酸っぱくて飲みにくい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、おすすめの薬です。
わたしはこの薬を処方するとき、いつもこの名前が「鼻水(昔は青鼻ともいいました)が、滝のように流れる」という意味に思えて、思わずクスッと笑ってしまいます。この名前の由来は青鼻ではなく、古来中国で四方を守護する四神の一つのことで、西方の白虎、南方の朱鳥、北方の玄武とともに、東方を守護する神獣「青竜」からきています。
花粉症に用いられる西洋薬としては、抗アレルギー剤があります。代表的なものは抗ヒスタミン剤で、鼻水や鼻閉感を取ってくれます。しかし、副作用に「眠気」があり、睡眠薬代わりに使っている方もおいでだと思います。わたしはどんなに弱い抗ヒスタミン剤でも、「眠気」に襲われてしまうため、かなり用心して使うようにしています。
しかし、小青竜湯では「眠気」という副作用がないといわれているので、わたしのように抗ヒスタミン剤に弱い方には、漢方薬をお薦めします。
さて、小青竜湯を処方されたとき、ぜひカバンなどにいつも入れておいてください。
小青竜湯は、花粉を吸い込んでしまう前に内服しておくと効果的ですが、即効性もあります。内服するのを忘れて外出したときも、カバンの薬を内服すれば、症状が出始めてからでも効果があります。
ぜひ、漢方薬を上手に使って、花粉症の時期を乗り切りましょうね。
やってきました!スギ花粉。日本人の3~4人にひとりが、花粉症といわれていますが、わたしも昔からこの季節は、憂鬱(ゆううつ)になる「花粉症患者」のひとりです。毎年、スギ花粉情報には敏感に反応してしまいます。特に今年は、飛散量が例年よりも多いと聞いて、「ドキドキ」しています。
国民病ともいえる花粉症。点鼻薬、点眼薬、内服薬と様々な治療薬がありますが、やはり、メガネやマスクといった予防策が大切です。いくら薬でアレルギー反応を抑えても、原因となる花粉をたくさん吸い込んでしまえば、体は耐えられなくなり、鼻水、目の痒みばかりか、体がだるくなったり、微熱がでたりと、様々な症状に見舞われます。
外来でよく聞かれる質問のひとつは、「漢方薬と西洋薬を併用しても良いのでしょうか?」というものです。漢方薬にも、副作用があること、併用薬に注意することなど、以前(2012年12月21日「漢方薬にも副作用があります」)にも書かせていただきました。一般的に花粉症に使われることが多い「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」には、麻黄(まおう)と甘草(かんぞう)が含まれているので、注意が必要です。
「漢方薬で体質改善したら、花粉症は治りますか?」と聞かれると、「私も以前は、ひどい花粉症だったのですが、克服しつつあります」とお答えしています。
実際には、漢方薬を飲むだけで花粉症から抜け出そうとしているわけではありません。花粉症の誘因となる寝不足や過労、暴飲暴食などをできるだけ避ける努力や、点眼薬、点鼻薬をうまく使い、飛散量が多いと予測される日は、漢方薬と一緒に西洋薬も使っています。
こんなことを書くと「な~んだ、やっぱり漢方薬は効かないじゃないか」とおっしゃる方がお見えでしょうね。しかし、わたし自身の経験から言うと、花粉症には漢方薬を使うだけではなく、漢方医学の知識を使って対応することが大切だろうと考えています。漢方医学では「未病(みびょう)を治(じ)す」という予防医学の考え方が最も大切で、「薬を飲んでおけば大丈夫」という乱暴なやり方はお薦めできません。
中学・高校と男子校に通っていたせいでバレンタインデーには、よい思い出がないのですが、今年の2月14日も毎年のように世間の騒ぎとは疎遠にすごさせていただきました。
数年前に大腸がんの手術を受け、無事、再発もなく経過し、長く勤めた会社も今年、定年退職する予定のDさん、「体に合った漢方薬を処方してもらうように、紹介状(診療情報提供書)をもらってきました。」と昨年暮れ、外来へおみえになりました。「大学病院の主治医からは牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)を数年前から処方していただいています。ずっと調子が良かったのですが、今年の寒さは体にこたえます。」と、ブルッと体を震わせました。
いろいろとお話を伺うと、寒くなってきてから、お腹にカイロを入れているけれど、体が冷え、腰が重く感じること。夜中にこむら返りが起きること。などを話していただきました。これは、漢方医学で「寒」という状態です。
わたしは、「よい先生にいいお薬を頂いておいでですね。しかし、震災以降、どうも気候の変化が厳しいようで、今年はいつも通りの処方でうまくいかない方が多くお見えです」と説明させていただき、「いまお使いの薬にスパイスを加えましょう」と附子(ブシ)末を一緒に内服していただくようにしました。
再診した(年末年始をはさんだので)3週間後、「先日の大雪以来、手足が氷のようになっています」とのこと。さらに附子末を増量してみました。
初診から5週間経った2月、「なんだか嘘のように、体が温まっています。例年ですと必ずひどい風邪をひくのですが、今年は家族が風邪に罹(かか)っても、私一人、元気でした」と満足していただきました。
今回使った「附子(ブシ)」は、「トリカブト殺人事件」で有名なトリカブトの根から作られた薬草です。使うには、アコニチンという神経毒のことを理解しておく必要があります。もし、トリカブトを間違って食べてしまうと、はき気、嘔吐(おうと)などの中毒症状から呼吸困難に陥ってしまいます。たまに中毒がニュースになるフグの毒も、神経毒の一種です。
薬として使われている附子(ブシ)末は、弱毒化されており、安心して使えるようになっています。ただ、アコニチンに対する反応は個人差がありますので最初に内服してもらう場合は、指先でほんの一粒、なめてもらいます。すこし舌が痺れますが、その後、のぼせ、頭痛、動悸などがなければ大丈夫です。
末梢血管を拡張させ血流改善し、「寒」に対する治療薬として用いるばかりでなく、鎮痛効果があり、神経保護作用が証明されていますので、しびれや痛みにも用いられます。
水曜日に予想されていた東京の大雪は、雨に変わり一安心でした。わたしも予定していた講演会が中止になってしまわないかと、ドキドキして午前中を過ごしていました。みなさんはいかがだったでしょうか?
例年になく寒さが厳しい今年の冬です。50歳になったCさんが、「昨年の夏は猛暑でしたけれど、体調も良く、夏ばてもしなかったのに、12月からの急な冷え込みで、お腹の調子が悪く、便秘がちになってしまいました」と1月末の外来へお見えになりました。
早速、わたしは診察を始めました。漢方医学では病気の具合を診るために必ず診察をさせて頂きます。舌の様子を見たり、脈を調べたりした後、Cさんのお腹にそっと手のひらを当ててみると、ほかの部分に比べ、へそ周囲がひんやりと冷たく感じました。
そこで「便秘は、お腹が冷えているためでしょうね」とお話しして、お腹の中を温める「大建中湯(だいけんちゅうとう)」を処方させて頂きました。
それから2週間後、「毎年、寒くなると腸がにぶくなってしまうんだけれど、調子よく過ごせました」とCさんに嬉しそうにおっしゃっていただきました。
冬になると体が冷え、便通が悪くなることを漢方医学では、「寒」による便通異常と考え、下剤を処方することなくお腹を温める薬を使います。もし下剤を処方しますと、かえって腹痛に悩ませられたり、体調が悪くなる場合があります。
寒さでお腹の調子が悪くなるのは、術後に起こる便通異常や過敏性腸症候群の症状によく似ています。とくに消化器がん(胃がん、大腸がん、直腸がんなど)の術後では、神経障害による消化管の蠕動運動障害が起こり、便秘と下痢を繰り返すことがあります。
一般には整腸剤(乳酸菌製剤など)、下剤、下痢止めなどが治療に用いられます。ただ、症状が寒さによって変化しますので、なかなか、治療が難しいわけです。そんなときには漢方薬が役立ちます。
今回使用した漢方薬「大建中湯」は、最近の研究で、腸にある温度センサーなどの異常に効果があることがわかっています。「気温の変化による病気」に西洋薬にはない働きをする漢方薬を活用しましょう。
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大建中湯(だいけんちゅうとう)
効能又は効果
活用自在の処方解説(秋葉哲生著、ライフ・サイエンス)より |
Bさんは、70代後半の男性で10年以上前に胃がんのため、胃をすべて切除する手術を受けられました。5年前から糖尿病をわずらい、現在はインスリン療法を行っているBさんは体調を崩すことが多いのですが、主治医に相談しても「手術したのだから・・・」といって取り合ってもらえず、あきらめていたそうです。
しかし、「先生は外科医で漢方薬も処方すると聞いた。西洋医学ではわからない問題でも話を聞いてもらえるんじゃないか?」と、私のところへ来院されました。
関西弁のBさんは、長年の体の不調についての鬱憤を、初対面の私に延々と訴えました。若い頃はスポーツマンで人一倍、元気だったのに、胃全摘術を契機に体力が衰え始め、糖尿病もこれに拍車をかけたこと。いくら食べても太ることができないこと。食べた後に起こる腹痛、下痢、嘔吐などのダンピング症候群(胃切除後の後遺症)。年々衰えていく体……
そんな話の中でも、特につらいのが「手足の冷え」でした。
「夜中に何度もトイレに起きるんで、昼間、ついウトウトしてしまうんや」冬になると手足が氷のように冷たくなり、布団の中へ湯たんぽを入れていても夜中に冷え、一晩に何度も中途覚醒するとのこと。
加齢とともに体の中に蓄えていたエネルギーが徐々に不足していくため、手足を温める力が弱くなってしまい、漢方医学でいう「寒」の状態になっていたのでしょう。そこで、昔から年齢を重ねたときの体調管理に使われる漢方薬をお出しすることにしました。その薬は、「八味地黄丸(はちみじおうがん)」です。この薬は、誰でも年を取ると経験する目の衰え、膝や腰の痛み、排尿に関連する悩みなどに用いることが多いものです。
2週間後、外来へお見えになったBさん、「先生に頂いた薬を飲んだ翌日から、夜中に目が覚めなくなり、昼間も手足がポカポカして気持ちが良いんですわ」と診察室に楽しい声を響かせてくれました。
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八味地黄丸(はちみじおうがん)
効能又は効果
活用自在の処方解説(秋葉哲生著、ライフ・サイエンス)より |
スマホを持つ指が紅く腫れていませんか? 日本全国を北風小僧が襲っています。みなさん、「しもやけ」対策していますか。手足の指先、耳、鼻などが紅くなり、痒みを伴うタイプ、 指先が腫れて痛みを伴うタイプなどがあります。
この冬、わたしの外来にAさんが来院されたのは、昨年12月初旬でした。Aさんは30代の女性で、紅くなった指をこすりながら診察室へ入ってこられました。「先生、この指先の冷え、何とかなりませんか? これまでに、ほかの病院でビタミンEの内服やいくつかの軟膏を試したのですが、毎年悪くなってしまいます。今年は例年よりも早くになったものですから、不安で不安で・・・」とかなりお困りのご様子でした。Aさんは小さい頃からこの時期になると必ず手足の指先が紅くなってしまうそうです。
寒い時期になると、わたしが小学生だった昭和の時代は、いまのような防水透湿性素材(ゴアテックなど)や吸湿発熱繊維(ヒートテックなど)はありませんでした。みんな手に温かい息を吹きかけ「さむ〜い」と言いながら、母親が編んでくれたカラフルな毛糸の手袋などをして登校していました。教室にあるストーブの周りに同級生が集まり、暖を取っていると指先が紅くなっている友達がいました。わたしの妹は、いつも手足の指先が腫れていたことを記憶しています。「しもやけ」になっていたのですね。
気温が5度を下回る頃になると、手足の先がジンジンと痛くなり、そのうち紅くなり痒みを伴うようになります。なかには腫れ上がり皮膚が割れてしまう場合もあります。「しもやけ」は「凍瘡(とうそう)」ともいいます。雪山登山など氷点下の環境でおこる「凍傷(とうしょう)」は、「しもやけ」よりもひどく、皮膚や組織が凍結することで障害を受け、組織が壊死に陥ります。「凍傷」は、場合によって指などを失うこともあります。
「しもやけ」には、昔から「おばあちゃんの知恵」として靴の中に唐辛子を入れて予防します。唐辛子にはカプサイシンが含まれ、皮膚温を上昇させる作用がありますから効果的です。
最近では足の裏に貼れるカイロ(ホカロンなど)を活用されている方もいらっしゃいます。ゴアテック、ヒートテックもそうですが、平成の子どもたちはちょっとうらやましいですね。
そうは言っても、平成でも、大人でも、しもやけに悩む方は少なくありません。
漢方医学では「しもやけ」の予防と治療には、「寒」を温めるようにします。わたしは、Aさんに意識して温かい飲み物を取るようにして頂き、生姜、ネギなどを食材に取り入れてもらい体の中から温めるようにしました。そして、四肢末端の冷えをとる漢方薬「当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)」を併せて内服してもらうことにしました。
今週、1か月ぶりにAさんが来院されました。診察室へ入って来たAさんは、「先生に薬をもらって2週間でしもやけが治り、先日の大雪でも(しもやけが)できませんでした! 小さい頃からの悩みがなくなりました」と、きれいな指をみせながら、満面の笑みを浮かべてくださいました。わたしがいつも「医者冥利に尽きる」と感じる瞬間です。
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当帰四逆加呉茱萸生姜湯 効能又は効果
活用自在の処方解説(秋葉哲生著、ライフ・サイエンス)より |
「漢方薬は、食前、食間に内服するように指示されていますが、食前とは、食事の何分前ですか?」「夕食の時間が不規則で、夕食前の漢方薬を飲むタイミングが難しいのですが・・・」という質問を受けます。中には、「食前と書いてあったので、忙しくて食事が出来なかった日は漢方薬を飲みませんでした」という患者さんもいらっしゃいます。
さて、一体漢方薬はどんなタイミングで服用すれば良いのでしょうか? 「○○湯」「○○丸」「○○散」という漢方薬の名前にもヒントがあります。
薬草(生薬)を土鍋でコトコトと煮出して抽出していた「○○湯」。昔の人は食欲がない場合などにお茶代わりに、数時間かけて何度かに分けて服用したのでしょう。食欲が徐々に出てきたらスープ代わりに食事と一緒に服用していたかもしれません。
薬草(生薬)を粉にしてできる「○○散」や蜂蜜を煮詰めて薬草(生薬)を固め、長期間の貯蔵や携帯しやすいように工夫された「○○丸」などは、外出先や旅行先などにも持って行ったのでしょうね。そうなると、食事に関係なく服用していたかもしれません。
服用のタイミングについて、数千年前からある漢方医学の本にも明確な回答は書かれていませんでした。しかし、最近の研究で漢方薬がどうやって体に吸収され、薬理効果が発揮されるかがわかってきました。
研究によると、漢方薬は、消化管の中で食物と一緒になると有効成分が食物に含まれる食物線維に吸着されてしまい、その作用が減弱する可能性があるようです。江戸時代の学者貝原益軒の「養生訓」にも、「薬を飲んだ日は、食事を控えるように」と記載されています。つまり、漢方薬と食事の相性はあまり良くないと昔の人も考えていたのでしょう。
最新の科学によって漢方医学が解明されていくことで、未知であった漢方医学の謎がひとつひとつ理論的にわかるようになってきました。日本の伝統医学である漢方医学が最新医学の仲間入りをすることで、がん医療で悩むすべての人たちに安心して安全に活用できる時代がやってきたといえそうです。