過去のコラム【2014年アーカイブ】
« コラム 一覧へ戻るハンフリー・ボガートさん、井上靖さん、淡路恵子さんなど、食道がんで亡くなった有名人は少なくありません。最近では、桑田佳祐さんのように、治療によって元気に活躍している有名人もいらっしゃいます。林家木久扇さんは喉頭がんの治療に取り組んでいます。
前回に続き、喉頭がんと食道がんの治療について取り上げます。今回は、どうやって漢方医学を生かしていくのか、お話しさせていただきます。
がんの3大治療法といわれている外科治療、薬物治療、放射線治療には、副作用、合併症という負担もあります。しかし、この副作用や合併症を少しでも減らして、治療を受ける人が苦しまないように手当てをすることが、わたしは大切だと考えています。
現在は、3大治療法という攻めの治療に対して、守りの治療として緩和ケアが行われています。
緩和ケアというと、体や精神的な苦痛を取り除くこと、と思っている方もいらっしゃるでしょう。たしかに、ペインコントロールやメンタルケアは、緩和ケアの重要なポイントです。しかし、ペインコントロールとメンタルケアだけが、緩和ケアではありません。たとえば、食欲の低下や便通障害(下痢と便秘)など、日常生活での様々な問題をケアすることが、緩和ケアには含まれます。
そして、緩和ケアといっしょにおすすめするのが、漢方治療です。
日本の伝統医学である漢方治療は、日本人に合った守りの治療として、がん治療に活用されています。
夏にがん治療を受ける人には、夏ばての漢方治療を行い、冬にがん治療を受ける人には、漢方医学による風邪対策を行います。負担がかかるがん治療をうまく乗り切るために、きめの細かい対応を漢方医学で行うことが出来ます。
外科治療を受ける患者さんには、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)といった参耆剤(じんぎざい)を中心に治療を行います。体力を整え、胃腸を丈夫にする参耆剤は、栄養状態を良い状態に保ち、体力の回復を早めてくれます。
薬物治療の場合は、抗がん剤に合わせた漢方薬の選択が必要になります。シスプラチンによる食欲低下には六君子湯(りっくんしとう)、タキサン系薬剤による
放射線治療の場合は、照射する場所によって漢方薬を使い分けます。喉頭がんや
副作用を軽減することで、いろいろな良い点があります。1番目は、治療を楽に受けられるようになることです。2番目は、予定している治療スケジュールを最後まで行うことが出来るようになること。そして、3番目は、治療がスムーズに進むため、治療効果が十分に発揮されることです。
がん治療を受けている人の中には、わらにもすがる思いで高価なサプリメントに手を出したり、大量に健康食品を購入したりしてしまう人もいます。どうか、その前に、漢方医に相談してください。医学的にエビデンスのある科学的な漢方治療が、きっと期待に応えてくれるでしょう。西洋医学と漢方医学の融合によって、すべての人が、喉頭がんや食道がんに負けない治療を受けていただけることを心から願っています。
わたしの専門は、外科ですが、その中でも食道外科を中心に20年以上、勉強させていただきました。そこで、今回は簡単に、喉頭がんと食道がんについて、説明させていただきます。
喉頭と食道は、食べ物が通過する場所です。喉頭がんは、「のどのがん」とも呼ばれ、口の奥からのどにかけてできるがんです。
喉頭の次に食べ物が通過するのが、食道です。食道がんは、のどから胃までの間にある食道にできるがんです。
喉頭がんも食道がんも、食べ物や飲み物の影響を強く受ける病気です。とくにお酒との関係が指摘されています。お酒を飲んで顔が赤くなる人は、がんになる危険信号だと考えられています。
また、たばことの関係も、古くから指摘されています。たばこによって発生すると考えられているがんは、舌がん、喉頭がん、食道がん、胃がん、肺がん、
早期がんの場合は、症状がありません。病気が進むにつれて、「熱いものがしみる」「飲み込みがわるくなる」「違和感がある」「食べ物がつかえる」などの症状が現れます。このような症状は、がんができる場所によってさまざまです。心配な方は、かならず専門医に相談されるといいでしょう。
検査は、耳鼻咽喉科で行っている喉頭ファイバーや、消化器科で行っている上部消化管内視鏡検査が良いと思います。特に、最近では、偏光内視鏡という特殊な装置で、簡単に見つけることができるようになりました。
わたしも、毎日の診療に、この偏光内視鏡を取り入れて検査をさせていただいています。実際の写真をお見せします。上が普通の光で見たのどです。下が偏光内視鏡で見たのどです。みなさんにも、写真の色の違いばかりでなく、血管の走行の様子など、違いが分かると思います。
これまで、細胞を採取して、顕微鏡で見ないと分からなかったがん細胞を、光を工夫することで見分けることができるようになりました。この偏光内視鏡は、日本が世界に誇る最先端の医療技術のひとつです。
治療は、大きく分けて3つあります。
一つ目は、手術です。喉頭がんの治療法には、耳鼻咽喉科医と外科医が共同で開発した新しい治療法があります。偏光内視鏡を使って病気を正確に見極め、さらに色素を使って病気の部位を確定します。そうすることで、大きく切り取るのではなく、できる限り患者さんに負担をかけないように小さく病気を切除する方法です。食道がんの治療法も、大きな進歩があります。広い範囲にひろがっている食道がんを内視鏡を使って、丁寧に剥がしながら切り取っていく治療法が開発されています。
二つ目は、薬物療法です。以前は、大きな副作用を伴う方法でしたが、最近では少ない量の抗がん剤を二つ、三つと組み合わせて行う方法が行われるようになりました。
三つ目は、放射線療法です。とくに、放射線療法と抗がん剤を組み合わせて、同時に行う化学放射線療法が主体になってきました。喉頭がんと食道がんは、この方法が進歩したおかげで、「治る病気」になってきました。
以上のように、新しい技術で、早期発見が可能となり、治療法も飛躍的に向上し、喉頭がんも食道がんも、助かる病気に一歩、近づいたと感じています。
しかし、治療に伴う副作用、合併症は、改善されたとは言え、いまだに大きな問題です。西洋医学では、解決することができない問題を何とか漢方医学で対応できないか、それが20年以上にわたって、わたしの一番の関心です。次回は、喉頭がんと食道がんの治療に、漢方医学を応用する方法をお教えします。
わたしは、先週の日曜日、このブログでお伝えした全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会へ、観戦に行ってきました。大津市で開催された大会初日、5人対5人の団体戦の準決勝は、昨年の覇者である東京代表・暁星と、栃木代表・宇都宮の一戦となりました。この試合、最後は、5人のうち3人が「運命戦」となる、接戦となりました(「運命戦」とは、自分と対戦相手の持ち札が、それぞれ1枚ずつになる戦いをいいます)。
この激戦を制した暁星が、7年連続日本一の座を獲得する、感動的な幕切れとなりました。この大会に参加した全国249校の高校生の皆さん、学校関係者の皆さん、本当にお疲れ様でした。どうか、高校生の皆さん、百人一首をはじめとした日本の伝統文化をこれからも大切に守り続けてくださいね。
それにしても、梅雨が明け、暑い日が続きますが、みなさんは熱中症対策、大丈夫でしょうか。
暑くなると汗が滝のように流れ、外の暑さと電車の涼しさの温度差で風邪を引いてしまう人。水分不足から体調を崩す人。食欲がなくなり、体力が低下する人。症状は様々です。
梅雨時から初夏にかけて、環境の変化が人の健康に大きな影響を与えます。この時期、熱中症にならないように、注意するポイントが3つあります。
1.太陽光線に気をつけましょう。 直射日光に当たるときは、帽子をかぶったり、日よけ傘を差したりするなどの予防策が必要です。とくに露出した肌は、太陽光線で焼けてしまいます。日焼けは、簡単に言うとやけどの一種です。最初は、皮膚が赤くなるだけですが、ひどくなると水膨れになります。うすでの服では、肌を日光から防ぐことができませんので、注意してください。 こんな時、漢方医学では、「 |
2.水分不足に気をつけましょう。 部屋の中にいても、平均気温が上がると、知らないうちに脱水になっています。人の身体は70%が水分で出来ていますので、脱水は、命の問題にもつながります。日頃から、手の届くところに、水分をおいておくように工夫されると良いでしょう。 漢方医学では、「 |
3.夏ばてに気をつけましょう。 暑い日が続くと、だんだんと食欲がなくなり、食事を取らずに水分だけで過ごしてしまう場合があります。夏ばての始まりです。食欲の低下から体力の低下へと進んでいきます。消化管症状が、全身へ影響を与える典型的な状態が、夏ばてです。 漢方医学では、「気血水」の考え方から、「気」の異常と考え、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を使って治療を行います。 |
熱中症の季節、この3つのポイントを自分でチェックしながら、暑い夏を元気で健康に乗り切ってくださいね。あなたの健康に、漢方医学がやさしく手助けをしてくれます。
みなさんも、よくご存じの小倉百人一首。巻頭歌の「秋の田のかりほの
漫画「ちはやふる」で、競技としてのかるたを初めて知った人もいらっしゃると思います。私が初めて競技かるたを観戦したとき、厳粛な雰囲気と緊張感が漂う中で、上の句が詠まれた瞬間に繰り出される取り手のスピードの速さと畳の音に驚きました。会場の中を柔道の受け身と同じく、パーンと畳をたたく大きな音が響き渡ります。たった2畳で繰り広げられる真剣勝負は、決して文化系ではなく、体育会系だと思います。
日本の伝統文化である百人一首をさらに広めた競技かるたですが、実際に競技する人口は多くはありません。茶道や柔道、マンガ、アニメに比べて、競技かるたが日本の文化として海外に紹介されることが、どれほどあるでしょうか。このままでは衰退していく危険もあるかもしれません。競技かるたを、若い世代に受け継いでいってほしいと思います。日本の心、日本の伝統を大切にしていってほしいと願います。
実は、日本の伝統医学である漢方医学も危険な状態にあります。というのも、5月30日に出された財務相の諮問機関「財政制度等審議会」の報告書には、「市販類似薬品の更なる保険適用除外」の対象として「湿布、漢方薬など」があげられています。つまり、国の財政を立て直すため、漢方薬を保険適用から外すことが提案されたのです。
もし、保険適用薬から漢方薬が除外された場合は、漢方薬の治療を希望する患者さんには、費用を全額自己負担していただくことになります。病気で困っている患者さんに大きな金銭的負担をおかけすることになります。
がん治療では、副作用を軽減するため、抗がん剤に漢方薬が併用されています。西洋医学では対応できない中で、漢方薬が大きな役割を担っています。漢方薬が多くの患者さんの苦痛を救っています。しかし、保険適用薬から外されてしまった場合、がん患者さんは、漢方薬なしで副作用と闘うことにもなりかねません。
最先端の医療技術は注目され、国もマスコミも、大きく取り上げます。しかし、安価でなじみのある漢方医学は忘れられがちです。知らない間に、漢方医学が医療現場から消えてしまっていることもあるかもしれませんね。
漢方薬を保険適用から除外する考えが今後、議論されていくのか、注視していきたいと思います。
世界へ向けて発信される様々な日本の伝統文化。中国とも韓国とも違う日本独特の文化は、これまで世界中から強い関心を集めてきました。しかし、小学校教育に英語が積極的に取り入れられているにもかかわらず、かるた大会を理解できない日本人が増えてよいものでしょうか。世界に目を向けることも大切ですが、日本の中にも目を向け、日本の伝統を大切にして、育てるようにしてもらいたいものです。
日本独特の文化である漢方医学も同様です。室町時代から日本の風土で育まれた伝統医学を大切に受けついでいくことの重要性をもっと理解する必要があるのではないでしょうか。
ぜひ、みなさんも一緒に考えてください。「かるた」と「漢方医学」、どちらも日本人にとって大切なものではありませんか。
7月の京都は、毎年うだるような暑さの中、1か月続く祇園祭で賑わいます。みなさんは、ご覧になったことはありますか。今年は、
ご存じのように、祇園祭は、およそ1100年前の清和天皇のとき、京洛に疫病が流行したため、病魔退散を祈願したところから始まったそうです。まだ、抗生物質や抗ウイルス剤がなかった時代、目に見えない病原菌による感染症は、恐ろしい存在だったことでしょう。
いまでも、わたしたちの生活と感染症は切っても切れないものです。疫病といえば、宮崎で起こった
感染症問題でも注目すべきは、わたしたち医師が、安易に抗生物質や抗ウイルス剤を使っていることです。
1980年代の日本では、抗生物質が効かない病原菌が爆発的に増えました。薬が効かない病原菌に感染すると、死亡する危険性が高く、院内感染の原因として大きな問題となりました。原因は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin resistant Staphylococcus aureus:MRSA)です。日本は諸外国と比較すると、MRSAの感染数が際立って高かったため、多くの命が失われました。MRSAが広がってしまった原因は、いくつも考えられますが、そのひとつは、医療現場で抗生物質が乱用されたことが挙げられます。その結果、メチシリンをはじめとする抗生物質が効かなくなってしまいました。
最近は、抗ウイルス剤が日本で、大量に使われています。実際、日本は、インフルエンザに用いられるタミフルの消費量が非常に多く、日本だけで世界の70~80%を消費しています。
どうして、日本では抗生物質や抗ウイルス剤が、乱用されてしまっているのでしょうか。それは、医療従事者への感染症の教育が不十分なことが大きな原因と考えられます。
医学部を卒業後、一度は臨床の現場で活躍しいていたわたしの後輩が、感染症を学ぶために、国立感染症研究所で研修をしています。しかし、生活は厳しく、研究費も少なく、「バイオテロがおこっても、今の日本では対応が難しいと思います」と、真剣な顔で話してくれました。
夏休みになり、海外へ旅行する人も増えてきます。世界の各地にある感染症が、知らないうちに日本へ持ち込まれることも、予想されます。清和天皇の時代に起きた疫病が、再び時代を変えて、現代の日本で起こらないとも限りません。感染症対策、大変に重要な問題です。
まずは、医師をはじめとした医療従事者が、しっかりと感染症についての知識を学ぶ必要があります。その上で、安易な抗生物質や抗ウイルス剤の使用をしないことが大切です。
こんなときこそ、漢方薬の出番です。抗生物質も抗ウイルス剤もない時代に活躍した漢方薬をうまく活用することで、多くの感染症を治療することができます。例えば、
よいタイミングで漢方薬を使うことで、抗生物質や抗ウイルス剤を使うことなく、風邪を治すことができます。抗生物質と抗ウイルス剤の使用量を減らすことで、第二のMRSAを生み出さないようにしましょう。漢方薬が、その原動力になります。
どうか、日本全国の医療従事者が、積極的に漢方医学を学び、感染症に負けない国になってもらいたいものです。
10年来、通っている床屋へ、久しぶりに行ってきました。床屋の
世界で最初の外科医は床屋の職人だった、と言われています。床屋の前に飾られている「赤、青、白」のマークは、「動脈、静脈、リンパ」を表しているという説もあるそうです。そんなこともあり、外科医のわたしは、床屋の職人芸にこだわりがあります。
以前、髪を扱うことを専門にしている方から、「病気になると髪が変わるんですよ」と教えていただいたことがあります。どんな風になるのかとたずねると、「髪が、細くなり縮れてきます」とのこと。なるほど、髪に栄養が行き渡らないために、弱くなってしまうんだなぁと納得しました。
「髪だけでなく、地肌も変わります」と、さらに話は続きました。「血流が悪くなるため、地肌の色が悪くなるんでしょうね」と、解説を入れてもらいました。
この話を聞いてから、自分の地肌の色が気になり出しました。体の調子が悪いとき、地肌の色が悪くなるのならば、地肌の色をできる限り、良い状態に保つために何かできないものか、と考えるようになりました。
なぜ、わたしが髪のことに興味を持っているのか、というと、私自身、抜け毛と白髪に悩んだことがあったからです。5年ほど前、スイスへ留学していたときのことです。ストレスのために、髪を洗うたびに大量の髪が抜けるようになってしまいました。日本に帰ってきた時には、わたしの頭には白髪も目立つようになっていました。
体調と髪は切っても切れない関係にあることは、自分の経験からよくわかりました。外来に髪の問題を抱えている方が来れば、同じ気持ちになって問題解決に取り組むようになりました。
仕事のストレスや、人付き合いのプレッシャーなど、精神的な問題が原因と考えられる場合は、少しでも精神的負担を軽くする漢方薬を処方するようにします。例えば、柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)です。
男性でも女性でも、年齢の変化で髪が薄くなることがあります。以前にも、書かせていただきましたが(2013年5月10日「髪の悩み、男と女で処方違う」)、脱毛における漢方治療のポイントは、男性には元気をつけるように、女性には女らしさを取り戻すような処方を心がけることです。加齢の変化やホルモンのバランスが原因と考えられる場合は、地黄(じおう)が含まれた漢方薬を処方するようにしています。男性には八味地黄丸(はちみじおうがん)、女性には四物湯(しもつとう)です。
がん化学療法による脱毛には、なかなか良い方法がみつかっていません。治療中は、髪だけでなく、眉毛もまつげも抜けてしまいます。少しでも軽くなるようにと、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を使っています。
わたしがまだ幼稚園に通っている頃、叔父から「人は、どうして年を重ねると髪がうすくなるのか」と質問されたことがあります。一緒にいた兄は、すかさず「勉強のしすぎでしょう」と答えていました。わたしはその後、こっそり飲んだ漢方薬のおかげか、不勉強のおかげか、髪がうすくなることなく今にいたりました。
髪と体調管理、毎日の手入れをおこたることなく過ごしたいものです。もし、髪のことで悩んでいらしたら、一度、漢方医に相談されてはいかがでしょうか。
皆さんは、ワールドカップの試合、ごらんになりましたか。わたしも日本代表チームの活躍に、一喜一憂させていただきました。前に向かって頑張る姿勢、大きなプレッシャーを抱えながら走り回る姿に、感動を覚えました。
スポーツは、小さな頃から大好きです。スポーツを見ることで、心を動かされ、実際に運動することで、精神的に強くなります。スポーツをするには、心と体のバランスが大切です。「心技体」をひとつにすることが肝心だ、という人もいます。心と体、切っても切り離せないようですね。
日本代表の選手たちも、目標に向かって、心と体のバランスを調整したのだと思います。
みなさんも、試験やプレゼンテーションなどのさまざまな試練に、日々、心と体を整えていると思います。そんな毎日の生活の中で、一番、心と体の調子を整えることが求められるのは、どんなときでしょうか。例えば、「朝、起きる」「家族にあいさつをする」といった、小さなことかもしれません。
夢の世界から現実の世界へ、目をつむって真っ暗なところから目を開けた明るいところへ、違った空間が広がります。みなさんは、朝、すっきりと起きられていますか。わたしも、前日の仕事のことが気になり、目覚めが悪かったり、体調が優れず、起きられなかったりします。精神的な負担があると、睡眠がうまくとれないことが多くなります。肉体的な負担が大きいと、寝ても疲れがとれなくなります。
「朝、起きる」ことに、心と体、どちらにも影響するわけです。朝、どんなに眠くても、体が重くても、起きることを決めるのは、自分自身です。自分の力でしか、起きることはできません。「朝、起きる」ことは、自分の力を確認するバロメーターになります。
学校でも、会社でも、あいさつをすることは大切です。口からあいさつの言葉を発声するには、エネルギーを使います。エネルギーを使うには気力と体力が必要です。気分が優れないときは、声が小さくなります。体力がなくなると、声が小さくなります。
あいさつ一つとっても、心と体が関係しています。「家族に、あいさつをする」のは、自分の気力と体力をみるために大切な行動です。あいさつをすることで自分とまわりをつなげることになります。「家族に、あいさつをする」ということは、自分と自分以外の人との関係をうまく行えるかどうかのバロメーターになります。
わたしが、患者さんの診察をする上で大切にしているのは、患者さんの毎日の生活の様子です。「朝、起きる」「家族にあいさつをする」といった、毎日の生活のほんのちょっとしたことから、心と体の状態を探ることができます。みなさんも自分の生活を見つめ直してみてはいかがでしょうか。
最後になりましたが、6月27日から29日まで、東京国際フォーラム(東京都千代田区)にて日本東洋医学会学術総会が開かれます。今回の市民公開講座は、講談師の神田香織師匠による漢方講談です。ご興味のある方は、ぜひご参加ください。
「これでいいのだ!」をメインテーマに、日本緩和医療学会学術大会が、19日から21日の予定で神戸で開催されています。「これでいいのだ!」とは、患者さんや家族がその一瞬、その日、その月、その年をこれでよかったと思える、その人らしい生活を支えることが緩和ケアだ、という思いが込められたものです。
最近、緩和ケアという言葉は、広く使われるようになりました。昔は、がんの末期を支える治療法を意味していました。最近では、患者さんの精神的ケアと肉体的ケアばかりでなく、家族のケアを行うことも含むようになりました。そのため、医師、歯科医師、薬剤師、看護師などの医療従事者ばかりでなく、さまざまな人の力が必要になっています。医療だけでは解決ができない、介護や福祉にまで関係するからです。緩和ケアとは、がん患者の生活を支える取り組みだと言っても良いでしょう。
2006年6月に、がん対策基本法が成立し、日本のがん治療は大きく方向転換しました。それまでのがん治療は、三大治療法(外科治療、薬物治療、放射線治療)という攻めの治療が主役でした。ここに守りの治療である緩和ケアが、加わったのです(2012年12月14日「守りを固めるためには、漢方医学」もご覧ください)。
まず最初に取り組まれたのが、緩和ケアの痛みに対する治療(ペインコントロール)と精神的な対応(メンタルケア)でした。
当時は、医療用麻薬の使い方を十分に理解していない医師がほとんどで、知らず知らずのうちに「痛みは我慢すること」という治療方針になることが、当たり前のような状況でした。本当に、悲しいことです。
そこで、ペインコントロールを得意とする麻酔科医にスポットライトが当たりました。それまで手術室で仕事をしていた麻酔科医が、病棟のがん患者さんの元へ出かけるようになりました。痛みがあるがん患者さんへ医療用麻薬を積極的に使うようになり、おかげで、痛みの苦しみから多くのがん患者さんが解放されるようになりました。
ペインコントロールには、漢方薬が活躍しています。例えば、医療用麻薬で取り切れない痛みに、「附子(ぶし)」を加えると、薄皮をはぐように楽になります。医療用麻薬の副作用である便秘には、「大建中湯(だいけんちゅうとう)」を併用するとスムーズな排便ができるようになります。
がんと診断された時点から苦痛は始まります。自分の将来、家族の未来など精神的な負担は大きくなるばかりです。そこで、メンタルケアのため、精神科医が積極的にがん患者さんに関わるようになりました。それまでは、口にすることができなかった心の悩みを医師に相談することができるようになりました。
メンタルケアにも、漢方薬が使われています。不安でいつも何かのどに詰まっているような症状には、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を使うとスーッとのどの通りが良くなります。がんに対する不安が強いときは、加味帰脾湯(かみきひとう)です。加味帰脾湯は、貧血、不眠症などにも用います。
緩和ケアは、麻酔科医、精神科医ばかりでなく、様々な領域の医療従事者が集まってチームで行うものです。チームのメンバーが、問題を解決するために、いろいろなアイデアを出し合いながら、より良い医療を提供できるよう努力します。このチーム医療に、漢方医学も加わり、少しでもがん患者さんのためになれば、と思います。古くて新しい漢方医学は、かならずがん患者さんのために役立つはずです。
梅雨時になると、食中毒が心配になります。湿気と温度が、細菌やウイルスの増殖を活発にします。みなさんは、食中毒対策をされていますか。食中毒予防の3原則「つけない」「増やさない」「やっつける」を守りましょう。
目に見えない細菌やウイルスが原因となる食中毒は、夏に多く発生します。目に見えないので、知らないうちに口の中へ運んでしまい、体の中で毒素が増え、
手を洗うとき、爪や指の間などに注意して洗っていらっしゃる方も多いと思います。そんな慎重派の方に、一言、コツをお教えします。以前、わたしが勤務していた病院で行った手洗い実験でわかったのですが、効率よく手の汚れを落とすには、水の出し方にポイントがありました。水の量です。手を洗うとき、勢いよく水を出し手洗うと、手の汚れが効率よく落ちることがわかりました。
石けんをつけて念入りに手を洗う時間があるときは、良いのですが、急いでいるときなど、役に立つ方法です。一度、水道の蛇口を思いっきりひねって手を洗ってみてくださいね。
食品の保存方法は、低温で保存することです。細菌もウイルスも、低温にすると増殖がゆっくりになります。凍らせてしまえば、さらに増殖しづらくなります。マイナス15度以下になると増殖しなくなります。一般家庭の冷蔵庫は1~7度、冷凍庫はマイナス18~22度と言われています。食中毒予防のために、食品を保存するには冷凍庫に保管する必要があります。毎日の生活で活用するのは冷蔵庫の方が多いでしょうが、冷凍庫もうまく使って「増やさない」ように心がけましょう。
ちなみに冷蔵庫のドアポケットは、比較的温度が高くなりますから、食品を保存するときには、気をつけましょう。
お弁当作りを担当しているお母さんは、お昼までの間に、細菌やウイルスを増やさないように、注意する必要があります。温かいままで、お弁当に入れないようにすることが大切です。また、梅干しやわさびなどをうまく活用して、細菌の増殖をおさえる工夫も必要です。以前にお話させていただいた「食べ物と付け合わせの効能」 (2014年1月17日「冬の牡蠣、ファストフード多い方に」より)を参考にされてはいかがでしょうか。
ほとんどの細菌やウイルスは、加熱することで死滅します。不十分な加熱で、食中毒になることもありますから、注意してください。方法は、中心部が75度以上、1分以上加熱することがポイントです。電子レンジをお持ちの方は、うまく活用すると良いでしょう。電子レンジで2分間加熱すると、ほとんどの細菌やウイルスは死滅します。
ただ、加熱する前に細菌がすでに毒素を作り出してしまっていると、いくら加熱しても食中毒にかかる危険性がありますから気をつけてください。
食中毒予防の3原則をしっかりと守っていたけれど、何となくお
一般に、食中毒の原因によって治療方法は違います。細菌性食中毒は、抗菌剤である抗生物質投与と水分補給が基本です。ウイルス性食中毒は、有効な抗ウイルス薬がほとんどありませんので対症療法となります。また、毒素による症状には、対症療法と点滴などの水分補給が中心になります。
漢方医学では、症状によって治療方法が決まります。胃痛、吐き気、嘔吐など胃に関係する症状が中心の場合は、胃苓湯(いれいとう)を使います。腹痛、下痢など腸に関係する症状が中心の場合は、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)を使います。胃の症状なのか腸の症状なのか、迷ったときは柴苓湯(さいれいとう)を使います。どの漢方薬も抗生物質といっしょに使っても問題がありませんので、併用すると良いでしょう。
梅雨時の食中毒、予防の3原則をしっかりと守って予防したいものです。うっとうしいこの時期も、どうか、健康で元気にお過ごしくださいますように。
梅雨のシーズンですね。湿気と暑さで、過ごしづらい日が続く中、わたしのクリニックに通っていらっしゃった女性から、「おめでた」の知らせが届きました。それも、二人の女性から続けてでしたので、うれしさも「倍返し」です。このすばらしい報告に、梅雨の煩わしさも忘れ、わたしは幸福な気持ちを満喫させていただきました。
日本は、少子化と高齢化という大きな問題を抱えています。この問題には、核家族による育児の負担、男女機会均等法による女性の社会進出など、さまざまな背景があると言われています。即席麺や冷凍食品などを中心とした食生活、インターネットによる昼夜逆転現象など、生活環境の変化も指摘されています。
わたしは、産婦人科医である村田高明先生から、7年間、漢方医学を学びました。村田先生の外来には、冷え症、月経困難症、更年期障害など女性特有の病気で悩んでいらっしゃる患者さんが、大勢お見えになりました。もちろん、不妊症の方もたくさん外来に来られ、いろいろと学ばせていただきました。この経験が、いまのわたしの財産の一つになっていることは、言うまでもありません。
わたしのクリニックにお見えになる方の多くは、長年、不妊治療を受けてきたという方です。タイミング療法ではうまく妊娠することができず、ホルモン療法、体外受精など、専門病院での治療を受けてきた方です。わたしとしては、もっと早く来ていただいた方が良いのですが、流産を繰り返して半ばあきらめている方や、年齢を重ねて「最後のチャンスに」という方もいらっしゃいます。
みなさんに、まずは、いろいろと質問をさせていただきます。衣食住はもとより便通の状態や睡眠など、健康に関することをひとつひとつ聞いていきます。すると、いろんなことがわかります。基礎体温は正常で、ホルモンバランスも問題ないのですが、夫が出張ばかりしていて、家にいる時間が少ないために会話がなく、精神的なバランスに問題がある方や、食事が偏っているために便秘がひどくていつもお
漢方薬を使った治療を始める前に、まずは、精神的なバランスを整えることを指導し、規則正しい食生活と便通をコントロールすることの大切さを説明します。そうやって、全身状態を整えてはじめて、不妊治療に取りかかります。
不妊治療に使われる漢方薬の代表は、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)です。昔から「安胎薬(あんたいやく)」と呼ばれ、不妊症治療にはなくてはならない薬です。ただ、胃に負担がかかることがありますから、服薬指導をするときには注意が必要です。
そして、月経周期に合わせて、細かく生活指導をはじめ、服薬指導をしていきます。手間と暇がかかる治療ですが、結果が出たときの感動は、素晴らしいものです。
西洋医学ですべてが解決するのであれば、わたしが漢方医学を使う必要はないかもしれません。しかし、現実は厳しいものです。最先端医療を駆使した不妊治療でも良い結果が得られないときこそ、漢方医学を活用する絶好のチャンスです。不妊症に悩まれている方は、ぜひ一度、漢方医に相談してみてはいかがでしょうか。