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過去のコラム【2015年アーカイブ】

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不妊治療を受けても子供を授からなかった看護師さんの「その後」

 

不妊治療を受けても子供を授からなかった看護師さんの「その後」

以前、私が勤務していた病院に勤める看護師のNさんが産休に入りました。Nさんは来月、出産の予定です。いつも笑顔のNさんは長い間、不妊治療を受けていたそうです。しかし、看護師としての仕事が忙しく、夜勤もあり、なかなか体調管理に努めることができなかったそうです。そんなNさんから、私が体のことについて相談を受けたのが、数年前のことでした。

 看護師の仕事は、大変ハードです。医療補助として、医師がスムーズに診療できるように診察の準備や処置の介助をします。患者さんが精神的、肉体的な負担で悩んでいないか観察し、そっと手を差し伸べるのも看護師の役割です。Nさんは看護師として大変優秀で、わたしはずいぶんと助けられました。

 しかし、Nさんも女性として、妻として、毎日の生活があります。看護師として、八面六臂ろっぴの仕事をこなす毎日。Nさんの体力と気力は、仕事に使われてしまいました。家に帰ると体が悲鳴を上げ、精神的にも疲れ、思うような時間を過ごせなくなっていました。そんな中で、不妊治療が、うまくいくはずもありませんでした。

 昔から妊娠、出産には、経済的にも社会的にも、そして、体力的にも、気力的にも、大きな力が必要となります。現在、日本では、妊娠から出産まで何十万円もかかります。医療費に関しては、公的補助金が受けられますが、産休に入ると、給与はカットされますし、場合によっては社会的復帰が難しいこともあります。また、夜勤が多い仕事では、女性ホルモンのバランスがうまく整わなかったり、精神的ストレスが原因で月経不順になったりすることもあります。

 仕事と妊娠の両立は、なかなか、難しいのが現実です。

 Nさんも、多くの働く女性と同じように、体力的にも気力的にも、追い詰められていました。不妊治療に用いる漢方薬を希望して相談に来たNさんでしたが、私は「まずは、体のバランスを良くしていきましょう。不妊治療は半年から1年後になります」と説明し、「メンテナンス治療」を始めさせてもらうことにしました。

 メンテナンス治療というのは、体と精神の不調を整えることが目的です。たとえば、食欲がなく、体重が減ってしまっている、食べてはいるが、偏食になっている、といったバランスの悪い食生活を整えることです。決して薬を使った治療ではなく、患者さんの話を良く聞いて、生活の乱れを整えていく治療です。

 それまでおなかの調子が悪かったNさんは、いろいろな薬をたくさん飲んでいました。そこで私はまず、体に合った薬を選び、体調に合わせた薬の使い方を説明しました。

 数か月後、少しずつ便通が整い始めました。半年後、Nさんのお腹の調子はだいぶ良くなりました。そこで、やっと漢方医学による不妊症治療を始めることにしました。そして昨年、Nさんに待望の妊娠がやってきました。

 女性を取り巻く社会が、変わってきています。家庭を守る役割から、社会で活躍する役割へ大きく転換しようとしています。そんな中で、女性本来の姿を大切にして、さらに輝きを増すことが出来る社会が必要となります。

 そこで、家庭と社会で活躍する女性を支えるのが、私たち、医療従事者の役割です。日頃から、体と精神の状態を細かくチェックすることが、女性らしい生活を送る上で、大切です。そのためには、医療機関に気軽に相談できる体制を作っておくようにすると良いと思います。

 大きなお腹を抱えて、Nさんが私のクリニックへ足を運んでくれました。「予定日まで、あと2週間です」と満面の笑顔で話すNさんは、光り輝いていました。Nさん、その笑顔、大切にしてくださいね。応援していますよ!

見つからなかったパーキンソン病…薬剤師の困惑と苦悩

 

見つからなかったパーキンソン病…薬剤師の困惑と苦悩

先日、北海道に住んでいる友人のFさんにお会いしました。いつも笑顔がすてきなFさんとの数年ぶりの再会でした。現在も現役の薬剤師として働かれているFさんから、ご自身の病気について詳しくお話を聞くことができました。

 Fさんは60歳を過ぎた頃から、身体の調子が悪くなったのだそうです。最初は、五十肩のように右腕が上がらなくなり、その後、車の運転が難しくなってきたそうです。というのも、アクセルを踏む右足にうまく力が入らなくなったからです。

 そのうちに右腕の動きが悪くなり、うまく箸が持てなくなったため、整形外科を受診されました。整形外科では首の病気を疑われ、いろいろと検査を行いましたが、病気は見つかりませんでした。知人の紹介で、何人かの医師の診察も受けたけれど、原因ははっきりしなかったそうです。そのうちFさんは、浴槽から出るときや下着を脱ぐとき、バランスをとることが難しくなってきたそうです。その後、小脳の機能を測定するMRI検査を行い、専門医の診察を受け、やっと病気が見つかりました。Fさんの病気は、パーキンソン病でした。

 パーキンソン病は、脳内でドーパミンという物質が不足する病気です。ドーパミンが不足する原因はわかっていません。だんだんと身体が動かなくなり、細かい動きができなくなったり、歩くのが難しくなってきたりします。この病気については、「レナードの朝」という映画でも詳しく取り上げられていますので、ご覧になった方も多いと思います。

何科を受診すれば…細分化される病気と医師

 Fさんは、インターネットで簡単に検索ができる時代になったにもかかわらず、自分の病気を診てもらう医師は何科なのか、どこの病院にかかったらいいのか、ということでずいぶんと悩んだそうです。

 医学が進歩したことで、治らなかった病気を早期に発見して治療することができるようになりました。しかしその反面、病気ひとつひとつが細かく分類されるようになったため、専門分野も細分化されてしまいました。このため、自分の専門分野しか診ることができない医師が増えてしまったのです。患者さんは、病気を見つけるためにいくつもの診療科を受診しなくてはならなくなりました。

 しかし、どの専門病院も混雑しているため、検査はどんどん行いますが、医師とじっくりと話をする時間がほとんどないのが現状です。Fさんの場合も、最初から病状について、しっかり時間をかけて医師に相談していたら、もっと発見が早かったのかもしれません。

 Fさんの症状は薬の治療が始まってから半年後、やっとよくなってきたそうです。いまは、右手で箸を持って食事もできるようになりました。わたしも、元気になったFさんとの楽しい会話と美味おいしい食事をご一緒することができました。Fさんがこの経験をかして、これからも薬剤師として地域の医療に活躍してくれることを心から期待しています。

 がんばれ! Fさん! 応援していますよ!

風邪知らず…寒い時期を乗り切る2つの習慣

 

風邪知らず…寒い時期を乗り切る2つの習慣

みなさん、あけましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願いします。


 さて、年末年始、みなさんはどうやって、過ごされましたでしょう。

 毎年、除夜の鐘を聞き、年賀状を読み、初詣へ出かけると、日本の伝統や文化が身近にあることに気づきます。日頃は、横文字が並ぶ文章も読み、洋服を着て靴を履いて生活をしていますが、この時ばかりは、こたつでミカンをほおばりながら、家族で日本各地の様子をのんびりと楽しみます。年末年始、テレビでは、伝統芸能である歌舞伎や能が取り上げられ、百人一首やかるた大会の様子が伝えられます。

 この時期に日本の伝統に触れ、あらためて思うことがあります。それは、時代が変わっても生き続けてきた伝統の真の強さです。伝統が持つ強さは、わたしが外科学と一緒に学んできた漢方医学にも、同じように備わっているものです。

 日本人がノーベル賞を受賞したiPS細胞(人工多能性幹細胞)や青色LED(発光ダイオード)の発明と同じように、伝統医学である漢方医学にも、すばらしいものがたくさんあります。この漢方医学のすばらしさを少しでもみなさんのために役立てられるように、今年も頑張っていきたいと考えています。どうぞ、よろしくお願いします。



 今回は寒い時期、わたしが実践しているふたつのことをお話しします。

 ひとつは毎日、ミカンを食べることです。ご存じのように、ミカンはビタミンが豊富ですので、風邪予防になります。

 昔、祖母に皮ごとミカンを焼いて、食べさせてもらったことがあります。当時のミカンは、今のように甘さが強くなく、酸っぱい味でした。ミカンの酸っぱさは、クエン酸によるものです。酸っぱさが強すぎてしまう場合は、加熱することでクエン酸が減り、甘みが強く感じるようになります。しかし、加熱によってミカンに含まれるビタミンが減ることはありません。つまり、酸っぱすぎるミカンを美味おいしく食べる工夫として、ミカンを焼いたようです。

 胃薬として使われる六君子湯りっくんしとうには、ミカンの皮が使われています。ミカンの皮が消化不良や腹部膨満感に効果があるからです。

起きたら白湯で胃腸を温めよう

 もうひとつは、朝、起きたときに白湯を1杯飲むことです。

 皆さんの中には、健康のために冷たい水を朝、お飲みになっている方もお見えだと思います。しかし、冷たいものは、体の芯を冷やしてしまいますから、寒い時期、体調を崩す原因になります。

 わたしは必ず、温かい白湯を飲むことにしています。運動をする前に準備運動をしてからだを温めることと同じように、朝起きたときに、胃腸の準備運動のために、温かい白湯を飲むことが健康に良いと考えています。

 胃腸を温めることで、胃腸の働きが活発になり、栄養の消化吸収がよくなります。また、内臓の血流も良くなりますので、肝臓、膵臓、腎臓などの働きも活発になります。様々な臓器の働きが良くなることで、免疫力も上がり、風邪を引きにくくなります。

 寒い季節がまだまだ続きます。風邪予防には、安くて美味しいミカンとたった1杯の白湯が活躍します。1月からは受験生にとって大切な時期が始まります。どうか、ミカンと白湯で頑張ってください。良い結果が出ることを心からお祈りしております。

がん医療と漢方

私たち2人に1人ががんにかかり、4人に1人ががんで亡くなるという時代。がん治療の技術は日進月歩で、さまざまな治療法で多くの人たちが命を救われています。一方で、がんと共に生きる「がんサバイバー」の人たちも増えています。
がんと漢方というと、「漢方薬でがん細胞をやっつける、すなわち漢方薬でがんを治す」というイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際はがんやがんの治療で起こってくる、多くのココロとカラダのトラブルを緩和したり、がんサバイバーの元気を助けたり、いわゆる名アシスト“薬(役?)”として活躍している場合が多いのです。
そこで、元フジテレビアナウンサーでアロマセラピストの大橋マキさんが、がん医療における漢方の役割について漢方治療に詳しい外科医、今津嘉宏先生に話をうかがってきました。

クリニックのがんの患者さんは6割〜7割

大橋マキ(以下、大橋):クリニックは漢方腫瘍内科、がん漢方、漢方内科、消化器内科などさまざまな診療科を標榜していらして、さまざまな患者さんを診ていらっしゃるんですね。がんを患っている患者さんはどのくらいいらっしゃいますか?

今津先生:しっかりと統計を取っていませんが、全体の6割〜7割くらいはがん患者さんですね。インターネットやテレビの番組を見て来られる方が全体の3分の1、病院などから紹介される方が3分の1、残りは、もともと風邪などで当院にかかっていて、そのご家族ががんになったから診てもらいたいといって来られるケースなどです。

大橋:「がん漢方」というと、例えば、「漢方薬でがんを治す」とか、「これを飲むとがんが消える」とか、必ずしも正確ではない情報を信じている方たちもいるかと思いますが・・・。

今津先生:確かに、そういう方もいらっしゃいます。ただ、当院で診ている患者さんのほとんどの方は、漢方に対して正しく理解されているようです。もちろん、科学的な根拠のない情報を信じている患者さんには、事前に漢方薬でできることとできないこと、当院で行っている治療のことなどについて、具体的にお話しさせていただきます。「あなたはこういう状態なので、今は手術や抗がん剤、放射線治療など、西洋医学的な治療を選んだほうがいいですね」と説得することもあります。

大橋:漢方で診ている先生がそういう話をされると、患者さんは驚きますか?

今津先生:いろいろですね。なかには、これまで西洋医学的な治療を選ばなかった理由を、ご自身の言葉でしっかり話される患者さんもいます。だから私も、その理由(治療を受けない理由)に納得したら、患者さんの望む治療をします。

手術で治らない病気が漢方で治るなら……

大橋:ところで、今津先生は外科医、専門医として手術も多く経験されています。がん治療は先生がおっしゃるように、手術や抗がん剤による薬物治療、放射線治療など西洋医学的なアプローチが主ですが、そこにあえて漢方薬を使った治療をしていきたいと思われたのはなぜなのでしょう。

今津先生:漢方治療に行き着くまでは、いくつかの段階がありました。

大橋:最終的な決め手は何だったんでしょう。

今津先生:それは意外とシンプルでしたね。手術後の合併症に、腸閉塞(イレウス)があります。おなかを開ける手術をすると、その後、大腸の動きが悪くなり、食べものや消化液など内容物がうまく流れなくなってしまうのです。腸閉塞は外科医がおなかを開けたことが原因の場合もありますが、治療をするにはまたおなかを開けないといけません。

大橋:そうするとまた腸閉塞が起こってしまう・・・悪循環ですね。

今津先生:そんなとき、ある医師から腸閉塞に伴う腹部膨満感に漢方薬が有効ということを聞いて、さっそく使ってみたんです。
そうしたら、腹部膨満感と腸の動きが改善され、漢方に興味を持つ大きなきっかけになりました。

漢方薬ほど外科医に向いている薬はない

大橋:でも先生、漢方には西洋医学と違った独自の理論があって、体系的に学ばないとむずかしいと聞いたことがあります。

今津先生:私が外科医だったことが幸いしているかもしれないですね。“手術で治らないものに漢方薬が有効なら使えばいいじゃないか”という発想でしたから(笑)。摩訶不思議な薬だなぁと思い、それから慶應義塾大学医学部に週1回通って、勉強を始めました。

大橋:大学では、漢方のどのようなことを学んでいらっしゃったのですか?

今津先生:私の専門は食道がんなのですが、当時はまだ抗がん剤治療も、放射線治療も進歩していなくて、手術一本だったんです。難治がんとされていて、助からない方が多く、そこに漢方治療が使える道はないかと考えたんです。そこで気付いたのは、外科と漢方は相性がいいということです。

大橋:え、外科と漢方?

今津先生:手術の際、患者さんのおなかの中を実際に触わるので、臓器やがんの重さや硬さ、血管やリンパがどう走っているかも目で見て分かりますが、大学で学んだ漢方の理論には、外科医として経験的に裏打ちするようなことばかり書かれていたんですね。

大橋:カラダの中で起こっていることと、漢方の理論が先生の頭の中では上手にリンクできたということですか?

今津先生:そうです。例えば、むくみがあった場合、漢方の考え方だと「水毒(すいどく)」と言いますが、実際、むくみがある部分の組織がどういう状態になっているかが経験から分かります。だから、この状態は確かに水毒で、この漢方薬が有効だろうって理解できるんです。漢方薬ほど外科医に向いている薬はないと思います。

悪い循環をいい循環へ。漢方で後押しを

大橋:具体的に、がん治療で漢方にできることには何がありますか?

今津先生:いろいろなことができます。また、漢方薬ではなく“漢方医学”の考え方を使うこともあります。初診で漢方薬を処方する患者さんは、3分の2ぐらいです。

大橋:漢方医学の考え方、ですか?

今津先生:そうです。残念ながら、今のがん治療って正直言って苦しさが伴うことの方が多い。治療期間も長くなるので、ココロもカラダも疲れてしまう。それは患者さんだけでなく、看護する側の家族もそうです。当院では患者さんが何を不安に思い、どうしていきたいか、どこが、何がつらいのかを一つずつ聞いていきます。そこから漢方治療が始まるんです。

大橋:少しずつ、患者さんのココロとカラダを解きほぐしているんですね。それはとても時間がかかるでしょう。

今津先生:初診では30分かけて話を聞きます。場合によっては同席されたご家族の治療をすることもあります。24時間365日とまではいかないけれど、患者さんをずっと支えているのは医療者ではなく、家族です。だから、家族のココロとカラダの健康がとても大事なんです。その上で、衣・食・住においての心がけを一緒に考えていきます。話をするなかで、患者さん自身が生活の間違いに気付いて変えていくことも多いです。

大橋:具体的にどういうことがありますか?

今津先生:例えば食事ですが、インターネットなどには患者さんのがんの食事について、さまざまな情報が錯綜しています。そこに捕らわれてしまう方もいて、間違った理解で食事を続けていることもあります。ですが、がん治療で大切なのは体力をつけること。元気になって体力がつけば、治療の幅が広がりますし、抗がん剤の副作用を軽減させることもできるかもしれません。治癒率も上がり、再発も防げます。

大橋:漢方治療の考え方を取り入れることで、治療のいい循環が生まれていくんですね。

今津先生:自転車のペダルをこぎ出す、そのタイミングでちょっとだけ後押しをする。それでうまく回るようになります。そのお手伝いをしているという感じです。

患者さん+家族+医師によるチーム医療

大橋:“患者さんの気付き。”それがとても大切な気がしてきました。

今津先生:とても大切です。ご自身が自覚していない症状でも、問診をしていくなかで徐々に分かっていくものです。初診のときはカルテにびっしり書かれていた問題点も、受診の回数を重ねるごとに減っていき、それに伴って患者さんの体調もいい方向に向かっていくことが多いですね。

大橋:先生と患者さん、そしてご家族の方がチームとなって治療に取り組むという、「チーム医療」ができているのではないかと思いました。

今津先生:そうかもしれないですね。チーム医療というと、医師、看護師、薬剤師、メンタル系をサポートする専門家などさまざまな医療者が患者さん中心に関わっていくというイメージがありますが、漢方なら医師と患者さん、患者さんのご家族の間でもできるんですよね。

大橋:患者さん自身が治療に積極的に関わるという感じがします。

今津先生:もちろん、そこに主たる治療をする主治医も関わってきます。

大橋:主治医の先生にはだまって漢方の治療を受けに来られる患者さんがいると聞くことがありますが、今津先生のところではどうでしょうか。

今津先生:そういう方も来ます。それは漢方治療に対してさまざまな考え方がありますので、基本的には当院で話した内容は診療情報提供書という形で主治医に戻します。

主治医との連携で、患者さんに最適な医療を

大橋:主治医の先生とは必ず連携するんですね。

今津先生:セカンドオピニオンとして当院を受診される患者さんも多いのですが、その場合、画像データなども必要になるので、主治医からいただくようにしています。逆に私はこういう目的でこういう漢方薬を処方しているという情報は、主治医にしっかり伝えます。お互いが知り得た患者さんの情報を共有することで、より最適な医療を患者さんに提供できると思います。

大橋:がん治療をおこなっている医師の、漢方に対する理解は広まっていますか?

今津先生:今は医学部のカリキュラムに漢方医学も盛りこまれていますし、若い人たちはどちらかというと漢方治療に興味を持ってくれていますね。年配の医師も徐々に理解を示してくれるようになっています。

大橋:今津先生が漢方薬をがん治療に取り入れるようになって、何か変わったことはありますか?

今津先生:今はがん診療もマニュアル化されて、基本的にはどこの医療機関でも同じ治療が受けられるようになりました。食道がんで言えば、手術、抗がん剤治療、放射線治療の3つの柱をうまく組み合わせることで、治癒率も上がりました。しかし、一方でデータが悪いから治療はできませんと言われてしまうような患者さんに対してのサポートが不足しています。それが漢方治療という手段を用いることで少し補えるようになったと感じています。

大橋:手応えを感じられているんですね。

今津先生:治療そのものにゆとりが生まれた気がします。

がんと共に生きる人のQOLを考える

大橋:最近、がん治療に関わらず、その方にとって最適な医療とは何なのか、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の改善なのか、それとも別のところにあるのか。それは一人ひとり違っているけれど、尊重しなければいけないことなんだ、と感じています。実際問題として、がんと共に生きる「がんサバイバー」の方が増えていますし。

今津先生:漢方は、まさにその部分で重視される医療ですよね。QOLという意味で言うと、昔は大きくおなかを開ける医師、できるだけ多くの臓器を取れる医師が名医とされていたわけで、QOLという考えはそこにはありませんでした。しかし、今は内視鏡を使った治療やロボットを使った手術、ピンポイントで照射できる放射線治療、抗がん剤治療の副作用対策など、患者さんのカラダへの負担を考慮した治療法が実施されています。

大橋:がんになってからも自分らしく生きられる可能性が高まったのですね。実際、がんを患っている方も風邪を引きます。おなかが痛くなったり、蚊に刺されたり……。そういうことも含めて、がんサバイバーの方たちの健康管理を担うのは、今津先生のような先生ではないかと感じました。

今津先生:ありがとうございます。私自身は漢方という存在を知って、がん患者さんのつらさ、不安、苦痛に何らかの形で、多少なりとも応えることができるようになったと思っています。しかし残念なことに、漢方に詳しいけれど、がん治療には詳しくない医師もいます。そこが一つ課題かもしれません。

目指すは気兼ねなく訪ねてくれる「町医者」

大橋:そんな今津先生が目指す医療はどこにありますか?

今津先生:いろいろありますが、一つはカラダのメンテナンスも含めた予防です。万人に通じる予防法はなく、それぞれの年代、性別、抱えている問題に合わせた予防が大事です。予防というとがん検診を思い浮かべる方も多いと思いますが、検診はがんを早期発見して、大事に至らないようにするためのものです。その前段階にあるのは、病気にならないための、まさに予防で、そこには漢方医学の考え方が不可欠だと思っています。

大橋:まさに、転ばぬ先の杖、ですね。

今津先生:しかも日常に即した方法が大事。無理しない予防でないと続きません。

大橋:日常というと、さきほど受付にいらっしゃった患者さんが、「今日、診察日かしら?」って。まるでお茶でも飲みに来たような感じでした(笑)

今津先生:僕の父は町医者だったんですが、僕も父と同じように町医者でありたいと思っています。誰もが気軽に相談に来てもらえるような。

大橋:患者さんの治療法を選ぶのを支援したり、QOLを改善する方法を助言したり、そしてご近所の頼りになるお医者様でもあって。今津先生って、コンシェルジュみたいです。

今津先生:町医者として、そうありたいと思っています。

※掲載内容は、2015年1月取材時のものです。

大橋マキのひとことコメント
偶然にもこの取材が決まる少し前、がんを経験された女性の医師から、アロマセラピーでがんサバイバーのQOLを高めることはできないかという相談を受けました。私自身はかつてある病院の緩和病棟でアロマセラピーを使って、患者さんにリラックスや安心を得てもらうお手伝いをさせていただいたことがあったので、そのような方にアロマで何かできることはないか、ずっと考えていました。
そんななかで今回の漢方徹底取材。がん医療は進歩しているけれど、それでもまだ十分ではなく、がんに対する西洋医学的な治療を補い、QOLを上げ、がんと共に生きることを支えることも必要。そして、それが漢方で実践されている——。今津先生の話から、大きなヒントをいただいたような気持ちになりました。