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コラム

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家族が疲れきってしまう前に

 「母は、がんの手術を受けたのですが、再発をして現在、抗がん剤治療を受けています。知人に勧められて高い漢方薬を飲んでいたのですが、経済的に続かなくなりこちらを受診しました」と、Rさんがお見えになりました。Rさんは40歳代の男性で、営業の仕事をしています。

 「少しでも体にいいものを食べてもらおうと、食事にも気をつかっています。病院から言われたことは、しっかりと守るようにしています」とびっしりとメモされたノートを見せてもらいました。

 Rさんとお母様はいつも一緒に来院され、二人三脚でがん治療に取り組んでいらっしゃいました。そんなRさんと何度もお会いするうちに、わたしは心配になってきました。「看護疲れ」のためにRさんの表情がだんだんとなくなってきたからです。

 母を思う息子の気持ちは強いのですが、仕事と看護を両立させながら続けてきたことで、Rさん自身の負担が大きくふくれあがってしまったわけです。

 がん治療は本人にも家族にも大きな負担がかかります。その負担は、単に肉体的なものだけではなく、精神的、経済的、社会的と多くのものが重なってきます。Rさんのように、母親の世話を一身に引き受けていると知らないうちに自分自身が病に侵されてしまいます。

 わたしはRさんの健康が心配になり、「ねぇ、Rさん。お母さんのことも大切だけれど、あなた自身の体も気をつかってあげないといけませんね」と、漢方治療をすすめました。精神的に疲れ、体力が徐々に衰えはじめていましたので、「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」を内服してもらうことにしました。

 補中益気湯は、夏ばてに使われる漢方薬です。しばしば、がん治療にも応用され、広く使われています。

 お母様の診察がすんだ後、Rさんも私の診察を受けるようになりました。夏の暑いときは、日焼けがひどく肌が真っ赤に腫れ上がってしまう体質でしたので、「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」を内服してもらいました。秋になり、急に涼しくなったとき咳(せき)が止まらなくなってしまったので「麦門冬湯(ばくもんどうとう)」を処方させていただきました。

 そうやって治療をしながら、少しずつ看護でたまった肉体的負担を軽くすると同時に、精神的負担を診ることも重視しました。単に体の悪いところを治す漢方薬を処方するだけでなく、がん治療への不安や疑問からくる精神的負担を軽くすることが大切だと考えたからです。できるかぎりRさんのお話を聞くようにしました。

 そうやって1年が過ぎたある日、Rさんのお母様は天寿を全うされました。

 さびしそうにひとり診察にお見えになったRさんから「わたしが元気で看護できたから、最後まで母をてあげることができました。ありがとうございました」と、言葉をいただきました。

 多くのがん患者さんを支える家族の方が、元気で健康でなければ、がん診療は成り立ちません。いっしょに生活をしている家族へも漢方医学が届くように心から願っています。

発症から1年過ぎても遅くない

 これまで、糖尿病による手足のしびれや、腰痛からくる下肢神経痛に使われてきた「牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)」が、西洋医学では治療困難だった、がん化学療法による末梢まっしょう神経障害に応用されるようになり、多くのがん患者さんを苦痛から救うことができるようになりました。

 とくに卵巣がんや乳がんに対するがん化学療法に使われているタキサン系抗がん剤(パクリタキセル、ドセタキセルなど)やプラチナ製剤(ネダプラチン、オキサリプラチン、アブラキサンなど)によって高率に発生する副作用の末梢神経障害に、牛車腎気丸が併用された臨床経験から広がりました。

1年経過した末梢神経障害も改善

 先日、乳がんのがん化学療法を1年前に受けていた薬剤師の方から相談を受けました。彼女は、大学で教鞭きょうべんをとっていますが、抗がん剤による副作用で指先のしびれがひどく、「パソコンを使って、論文を書くのがつらい」のだそうです。早速、牛車腎気丸と附子(ぶし)を内服していただきました。すると、2週間で末梢神経障害が軽減されたそうです。

 がん化学療法が始まり、手足のしびれや痛みをすでに感じている場合でも遅くありません。牛車腎気丸と附子を内服すれば、多くの方は症状が数週間で軽くなってくるはずです。とくに冷えることで悪化する症状にはてきめんです。

西洋医学と漢方医学の併用

 基礎研究から、多くの漢方薬の作用が徐々に解明されてきています。その中でもがん化学療法に伴う副作用軽減目的に、これまでの西洋医学では治療困難であったものに、漢方薬が使われるようになりました。

 CPT-11(イリノテカン 商品名トポテシン、カンプト)の遅発性下痢に半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、CDDP(シスプラチン 商品名ブリプラチン、ランダ)による食欲低下に六君子湯(りっくんしとう)などが代表です。

漢方薬を使う「コツ」

 しかし、大切なのは、「薬の使い方」です。わたしの経験から、がん化学療法による末梢神経障害には、牛車腎気丸にかならず「附子」を一緒に内服してもらうことが大切だと考えています。ただやみくもに漢方薬を内服していればいいのではなく「コツ」があるのです。それが、牛車腎気丸に附子を加えて内服する方法です。最近の研究でわかってきたことから、牛車腎気丸は神経を保護するように働くため、末梢神経障害がおこる前から牛車腎気丸と一緒に附子を内服してもらうのが「コツ」のようです。

 そして、「おもてなし」の心で治療をすることが大切です。

 漢方薬を西洋医学と一緒に使うには、ひとりひとりのがん患者さんへ細やかな心遣いが必要になります。ガイドライン通りの治療ではなく、それぞれの医療従事者が責任を持って行うことが重要になります。がん治療で悩んでいる多くの患者さんへ、漢方医学が届きますように、心からお祈りしています。

 

がん治療最前線に「トリカブト」急増中

 先日、うれしいことがありました。それは、わたしはこれまで、抗がん剤の副作用で指先のしびれや痛みが出る末梢まっしょう神経障害で困っている患者さんのために、機会があるごとに「附子(ぶし)」の有効性と使い方を説明してきました。そんな中、神奈川県にあるいくつかのがん拠点病院で、「附子」を使う医師が増えてきたという話を聞いたからです。

 さっそく、横浜でがん診療を行っている知り合いの医師へ確認したところ、乳がん、卵巣がん、大腸がんに対するがん化学療法を受ける患者さんへ積極的に「附子」が使われているとのこと。「末梢神経障害が発生する治療のときは、必ず牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)に『附子』を加えて投与しています。すると、末梢神経障害を防ぐことができます。現在では、胃がんなどほかのいくつかの抗がん剤にも応用して使うようにしています」とのことでした。わたしは、まさに「我が意を得たり」と小躍りしてしまいました。

 以前にもこのブログでお話ししましたが、「附子」はトリカブトが原材料ですから医師でも患者さんへ処方するときは躊躇ちゅうちょします。しかし、西洋医学では抗がん剤による末梢神経障害への治療は難しく、有効な手段はありません。ボタンがうまくはめられなくなったり、文庫本のページがめくれず読むのをあきらめなくてはならなくなったりするこの副作用に、牛車腎気丸と「附子」を組み合わせて使うことを何度も何度も話してきたわたしは、がん患者さんのために勇気を持って多くの医師が「附子」を使い始めていることに、感動さえ覚えました。

 いま、私が日々思い描いていた「がん専門医による漢方治療」が着実に広がり始めています。

漢方キャラバンセミナー始まりました

 そして今年も「漢方キャラバンセミナー」が始まりました。これは、第3次対がん総合戦略研究事業の一環として、日本全国のがん拠点病院の医療従事者を対象に開催しています。とくに今年は医師ばかりでなく薬剤師、看護師の方にもご参加いただけるようになりました。札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡で11月まで続きます。

 がん診療にたずさわっている医療従事者の皆さんに漢方の知識が広がり、困っているがん患者さんによりよい医療を提供できるようにしていきたいと思います。

胃腸疲れていたら、薬減らすことも

 「先生、肺の手術後、ずっとおなかがすかなかったんだ。先生に出してもらった漢方薬を飲むようになって、どうしてだか食事がおいしいんだよ。最近は『空腹感』を覚えるようになったんですよ」と、Qさんがうれしそうにお話しされました。

 Qさんは、進行肺がんで2年前の秋に右肺を手術された50代の男性です。初めてクリニックへお見えになったとき、手術の影響で右腕を動かす時に痛みが走るため、暗い顔をして診察室へ入ってこられました。「抗がん剤をやると食欲がなくなるんだけれど、僕の場合は、放射線も使ったので体もだるくて、なんとか毎日を過ごしている状態なんです」と、壮絶な闘病生活を話していただきました。

 「手術を受けた後、砂をかんでいるように食事がおいしくなくてね。家族には申し訳ないんだけれど、どうしても食事を残してしまうんですよ。自分でも食べなければいけないことは、わかっているんだけれど…」とつらい毎日を送られている様子でした。

 「食べられないだけじゃなくてね、下痢もしやすくてお腹に力が入らないんだよ」と、満身創痍まんしんそういの状態でした。

 そこで、啓脾湯(けいひとう)を朝1回、飲んでもらうことにしました。啓脾湯は、「やせて、顔色が悪く、食欲がなく、下痢の傾向がある人」に使われる漢方薬です。

 「今津先生はたった1包しか処方してくれないの? ぼくはいろんな漢方専門の診療所で漢方薬をもらったことがあるけれど、もっとたくさん出してくれたよ。今津先生、薬の量が少なすぎないですか。こんな少しじゃ効かないんじゃないの」と疑心暗鬼な様子のQさんに、「いやいや、Qさんの状態では、元気な人が飲む量だと多すぎると思いますよ」と説明をして、なんとかご納得いただきました。

 それから2週間後、Qさんが再びクリニックへお見えになりました。「先生にはだまされたね。本当に、1包だけでお腹がすくようになるなんて。不思議なこともあるもんだ」とうれしそうにお話しされました。

 初診から1か月が過ぎたとき、Qさんが「最近、右肩を動かしてもいたくなくなったんだよ。手術後2年、ずっとリハビリを続けてきたかいがあった」とうれしそうにお話しされました。啓脾湯を飲み始めて、食欲が増し筋力がついてきたためだろうと考えました。

 今回、たった1包で効果が出たのは、どうしてでしょうか?

 たしかに西洋薬にも漢方薬にも、量を増やすことで作用が強くなるものがあります。しかし、身長や体重の違いで量は増やしたり、減らしたり調節する必要があります。今回のQさんのように体力が低下しているときには、薬の量を調節することも大切になります。とくに消化器症状(食欲低下、下痢など)がある場合は、少ない量の薬でも十分に薬の効果が発揮される場合もあります。

 Qさんの場合、長い闘病生活のために胃腸が疲れていると考えました。この場合は、胃腸を整えることが先決です。こんなときは慌てず、少ない量の薬を確実に内服してもらうことが大切だと考えます。

原因不明の痛みに漢方の診断法と薬

 第51回日本特殊教育学会が、きょう30日から明星大学日野キャンパス(東京都日野市)で開かれています。わたしも9月1日に開かれる「発達障害における身体症状の諸相と支援 ―医学・薬学と特別支援教育のコラボレーション―」というシンポジウムに参加させていただく予定です。この日本特殊教育学会に参加されている方は、障害のある人の教育や、非行・行動上に問題のある子どもの矯正教育、心理、保健・医学、リハビリテーション、福祉など幅広い分野の研究と実践に携わっている専門家たちです。

 わたしがこの分野とかかわることになったのは、Pさんとの出会いがきっかけです。Pさんはアスペルガー症候群と診断されている30代女性です。

 昨年の秋、Pさんが「原因不明の痛み」で、わたしの外来にやってきました。「朝の体の痛みについて、これまでいろいろな先生に診てもらい、様々な痛み止めを試してきました。しかし、わたしの痛みは消えません。できる限りの検査を受けたのですが原因はわかりませんでした。先生方はみなさん『わからない、わからない』を繰り返すばかりで、いっこうによくなりません」と切実な思いを一気にお話しになりました。

 残念ながら、現代医学では、検査などで診断ができない病気は「原因不明の病気」に分類されてしまい、治療手段もありません。Pさんの痛みも同じように、大学病院や総合病院での検査を受けても原因がつかめず、手の施しようがない病気と判断されていました。

 そこでわたしは、漢方医学の診断方法に頼ることにしました。漢方医学では血液検査やレントゲンなどを使わないでも、診断から治療を行うことができます。

不調を理解してもらえない苦しみ

 日本の漢方医学では、中国の中医学や韓国の韓医学など他国の伝統医学にはない「腹診ふくしん」という技術があります。Pさんのおなかの所見は、両側の肋骨ろっこつの下の部分に抵抗を触れ、上腹部の腹直筋が軽度緊張した状態で、わずかに下腹部に抵抗を認めました。わたしは加味逍遙散(かみしょうようさん)をお出しすることにしました。

 2週間後にクリニックへお見えになったPさんは、「これまでは朝起きて、体が痛いと思うことがありましたが、加味逍遙散を飲み始めてからはあまり感じなくなり、頭痛薬も1回しか使いませんでした」とうれしそうにおっしゃいました。

 この加味逍遙散という薬は、気分の不調を伴った体の具合の悪い場合に用いられます。Pさんは長年、ご自身の体の不調を訴えても理解してもらえず、思い悩み、苦しんできました。心身ともに疲れ、感情穏やかに過ごせず、体のあちこちが痛んでいたことから、この薬が効力を発揮したのだと思います。

 今回の経験から、今の医学ではまだ治療の糸口がつかめない病気でも、漢方医学でなら、なんらかの対応策を練ることができるものだと考えるようになりました。

血管のやけどの予防法

 抗がん剤を使ったがん化学療法は、外来通院で行う点滴治療が中心です。内服薬との併用もありますが、1回の治療に数時間が必要で、何種類かの薬を組み合わせて行います。医学の進歩で、治療成績も向上しています。

 しかし、抗がん剤は、その恩恵を受ける代わりに、副作用という試練がついてきます。人によって程度に差はありますが、副作用は必ず出現するといってよいでしょう。

 中でも、点滴治療の際に起こる「血管痛」に悩まされている患者さんがたくさんいらっしゃいます。抗がん剤治療を受けているNさんに聞いたところ、点滴が始まりしばらくたつと徐々に血管に沿って痛みが走るのだそうです。場合によっては、しこりになったり黒ずんでしまったりと、かなりひどいこともあるそうです。

 「病院の看護師さんに聞いても、どうすればいいのか、教えてくれないんだ」とNさんはおっしゃいます。「先生の漢方薬で治してもらえないだろうか」と血管に沿って色素が沈着した腕をさすりながら話されました。

 わたしは「いろんな薬が血管の中を流れるときに、血管の内側がやけどをするために痛みが起こるんです。血管炎を起こしているのです。やけどの程度にもよりますが、ひどい場合は、血管が焼けただれてしまい、黒くなったりしこりになったりします。残念ながらこうなったら、もう、元には戻りません」と説明しました。

 がっくりと肩を落とし、悲しそうな顔をしているNさんにわたしは、「今後、抗がん剤の治療を受けるときに誰にでもできる簡単な予防方法がありますから一度、試してみてはどうですか」と次のような提案をしました。

「エコノミークラス症候群」にヒント

 この方法を行うには、まず、血管の仕組みを知る必要があります。体の中を走る血管は大きく動脈と静脈に分かれます。点滴をする血管は、静脈です。静脈を流れる血液は手足の末端から心臓に向けて流れていきます。心臓の力で流れる動脈と違い、静脈の血液は静脈の周囲を取り囲む筋肉の働きで流れるようになっています。このため、長時間同じ姿勢をして静脈の中の血液が流れないままになっていると、固まってしまうことがあります。この固まった血液が肺の血管につまる病気が深部静脈血栓症、別名エコノミークラス症候群です。

 つまり、静脈の血液はじっとしていると流れがゆっくりになってしまいますから、飛行機や電車などに長時間座ったままの姿勢でいる場合は、定期的に足首を動かすなどの予防策が必要となるわけです。

 そこで、抗がん剤を点滴するとき、患者さん自身で意識的に点滴している腕の筋肉を動かしてみてください。すると停滞していた静脈の中の血液が動き、血管のやけどが軽くなります。やけどが軽くなれば血管痛も軽くなりますから、血管炎の予防につながります。

 じっとわたしの話を聞いていたNさんは、「なんでそんな簡単な方法をもっと早く教えてくれなかったんだろう」と話しながら、「今度、抗がん剤治療を受けるときに早速やってみますよ」とうれしそうに帰っていかれました。

 がん治療で起こるいろいろな問題は、漢方医学や漢方薬を使わないで解決できることもあります。患者さんたちに元気になってもらう方法をこれからも頑張って考えていこうと思います。

マドセンさんが教えてくれた採血方法

 わたしが医師になって1年目、25年前の春に出会った患者さんの話です。その方は、食道がんの術後で、糖尿病と難治性の感染症にもかかっていた70歳を超えた老婦人でした。当時では珍しく髪を紫色に染め、ひとり個室に入院されておいででした。

 彼女の名前はマドセンさんといい、デンマークの方でした。入院期間が長く、病棟の看護師さんが声をかけても笑顔ひとつ見せないために、「気むずかしい人」という評判でした。病室に訪れる人はなく、いつも個室の中でひとり本を読んでいらっしゃいました。

 のどを摘出したため声を失っていましたので、わたしが初めて採血のために静かな部屋の中へ入ったとき、やせ細った顔に大きな目がキラリと光り、すこし緊張したことを覚えています。

 当時、フレッシュマンだったわたしの一番の仕事は、採血と点滴の確保でした。学生時代には練習したことがなく、技術を実地で学ぶしかありません。注射針を血管にうまく刺す技術は難しく、点滴だけで数時間がかりだったこともあります。1度でうまく採血ができたときは、心の中で「やった!」と自信がつきましたし、失敗したときには心底がっかりする毎日でした。

 若い男性は血管が発達しているので採血が容易ですが、ぽっちゃりした女性は血管がみつかりにくいものです。マドセンさんは、それまでの治療の歴史を語るかのように腕にはたくさんの注射の痕があり、血管が硬くなり皮膚も黒ずんで、採血をするための血管が見つかりにくい「フレッシュマン泣かせ」の患者さんでした。しかし、そんな「フレッシュマン泣かせ」のマドセンさんは、治療のためには毎日、採血と点滴が欠かせないのです。

 そこでわたしは血管を探す間、色々な話をして時間を稼ぐことにしました。偶然ですが、小学生の頃、デンマークのコペンハーゲンにある施設で1か月、世界中の子どもたちと一緒に過ごすCISV(Children’s International Summer Villages)に参加した経験があったので、チボリ庭園や人魚姫の銅像などの話を一方的にマドセンさんに聞いてもらいながら、懸命に血管を見つける毎日を過ごしていました。

ある日、突然のプレゼント

 最初は目をつむって全く無関心だった彼女でしたが、1週間がたち、2週間がたったある日の朝、なかなか上達しないわたしのためにマドセンさんが大きなプレゼントを用意してくれていました。自分の腕と足に採血ができる場所をすぐに見つけられるようにマジックでマークを書いてくれていたのです。腕の内側や膝の裏など、体のあちこちに書かれたマークをうれしそうに指さしながら見せてくれました。

 それまで目も合わせてもらえなかった彼女に、優しいまなざしをかけてもらいながら、その日は1回で採血ができました。次の日も、その次の日も、マドセンさんは新米のわたしのために血管の場所を教えてくれました。そのお陰で、どうやって血管を見つけ、どんな角度で皮膚を引っ張り、どうやって注射針を刺すと痛くないかをマドセンさんからじかに学ぶことができました。

 マドセンさんからは、単に注射針を刺す技術だけではなく、患者さんとの付き合い方の基本までも学ぶことができたと思っています。

 その年の夏、研修中だったわたしはマドセンさんの担当を外れることになりました。その後は忙しいフレッシュマン生活が続き、再びマドセンさんに会うことはなく、お礼を伝えることはできませんでした。

 今のわたしのクリニックにいらっしゃる患者さんの中には、正直なところ、気むずかしい方もおいでです。そんなときは、マドセンさんを思い出し、じっくりと時間をかけて心を開いてもらえるのを待つようにしています。マドセンさんに教えてもらったこと、いまも大切にしています。

体調の変化 年齢による場合は…

 「ヨーロッパでは、50歳の誕生日は盛大にお祝いするんだよ」と教えてくれたのは、40年ぶりに会った友人Oさんです。「こないだ、オランダの友達のご主人からお祝いメールを送ってほしいと頼まれたの。ちょうど彼女の50歳の誕生日にサプライズをという趣向だったらしいの」と写真を見せてくれました。

 そんなOさんから、「今日集まったみんな、同い年だよね。なんだか、みんな年を取ったねぇ」と話題は健康のことに。「最近、携帯電話の文字がみえにくくて、老眼鏡が必要になってきたの」とバッグからメガネを取り出して、スマホに保存された家族や犬の写真を見せてくれました。

 Oさんがわたしに「ねぇ、なにか老化に効く薬、教えてよ」と聞いたので、「実はね、漢方医学を熟知した重鎮たちが隠れて飲んでいる薬があるんだよ。それは八味地黄丸(はちみじおうがん)というんだ。もし、体に自信がなくなってきたら、毎日、飲むといいよ」と、つい漢方医学の裏話をしてしまいました。

年齢の変化による場合は「気虚」

 加齢による体調の変化がある場合、節目に来たのを自覚できたと考えてもよいと思います。こんな場合の漢方医学による診断は、「気虚ききょ」です。年齢の変化による「気虚」には「気」を補う薬を使って治療を行います。例えば、八味地黄丸です。治療の目的は、体調が悪いのではなく、新しい体調への変化に体も心もなじめていないだけ、と考えて、ソフトランディング(軟着陸)できるようにしていくことです。

環境の変化による場合は「水毒」

 年齢の変化とは違い、環境の変化によって体調が変わる場合があります。たとえば、朝と夕方で体重を量ってみると1kgぐらい変化していることがわかります。週のはじめと週の終わりでは、体も心も疲労の度合いが変わりますよね。さらに、気圧の変化でむかし痛めた部分がシクシクと痛んできたり、季節の変わり目に体調を崩したりする場合もあります。これらは、漢方医学による診断で「 水毒すいどく」となっていることが多いと思います。

 環境の変化による「水毒」には、「水」の循環をよくする薬を使って治療を行います。例えば、 五苓散(ごれいさん)です。この治療の目的は、体の中の水分の巡りが悪く、余分な水分がたまったり、正常な臓器の働きを鈍くしたりしているのを改善することです。単にむくみを取るために、利尿剤で体の中から水分を押し出すだけではないのです。

 40年ぶりの再会と懐かしい話に囲まれながら、楽しい時間はあっという間にすぎて行きました。専業主婦で子どもの世話に追われている友人や、同じ分野で活躍している友人も、みんな半世紀を生きてきた仲間としてこれからも元気でいてほしいと心から願っています。

遊牧民の暮らしを守る「薬箱」

 先日、父の80歳の誕生日を家族で祝うことができました。織田信長の時代であれば、「人生50年」といわれていましたが、先日発表になった日本人の女性の平均寿命は86.41歳と、再び世界1位に返り咲きましたね。これは日本の医療水準が高いことだけでなく、上下水道の整備など生活環境が行き届いていることなど、日本が持っている総合力の高さを証明する数字の一つだと思います。

 わたしが世界保健機関(WHO)の仕事をお手伝いしているとき、モンゴルの医療を支える取り組みについて、日本式の「薬箱」をヒントにした方法を取り入れて成功した話を聞きました。なんで遊牧民族が多いモンゴルで、薬箱が活躍しているのでしょう。

 WHOの東アジア担当者の話によると、モンゴルでは、医療の普及や国民の生活環境の改善にいい方法が見つけられず困っていたそうです。薬についても、いまの日本ならコンビニやインターネットで簡単に手に入れることもできますが、草原をさすらう遊牧民にとっては、自分たちの足で医療機関を受診するしか方法がなかったそうです。

 そこで、決められた場所に、薬を保管しておく「薬箱」を設置して、遊牧民が必要な薬を取り出して使えるようにしたところ、すばらしい成果を上げたのだそうです。

 皆さんもご存じのように、むかし日本では各家庭に薬箱がおかれていました。薬屋さんが定期的に訪ねてきて、薬箱の中に入っている薬の状態を確認し、不足している薬を補充していくシステムも行われていました。

 モンゴル式の「薬箱」は、広い草原をさすらう遊牧民が、食物と水のために決まった時期に決まった場所を通過する際に、「薬箱」から必要な薬を持って行く方法で、非常に便利だったようです。

 日本が生んだ薬箱が、かたちを変えながら海外の人たちの生活と健康を守っている、というのは何だか気持ちの良いものですね。

おなかの冷えに山椒と生姜と人参

 毎朝、わたしは通勤の時に増上寺(東京都港区)の前を通ります。徳川家の菩提寺であることは皆さんご存じと思います。二代将軍の秀忠公をはじめ6人の将軍の墓所があり、12月1日まで徳川将軍家霊廟れいびょうの特別拝観ができます。この増上寺で26日と27日、お盆祭りが開かれます。金魚すくいや綿菓子などの屋台も並び、楽しい夏の夜を過ごすことができます。

 子どもの頃、親から「あまり冷たいものばかり飲んでいるとおなかをこわすよ」と注意されたことがあります。当時は扇風機とうちわで暑い夏を乗り切っていましたから、外から帰ってきた時、氷の入った飲み物を一気に飲み干すことが一番の幸せでした。

 しかし、医学部を卒業し大学で腸管運動に関する基礎実験を始めたとき、温度が腸管の運動に大きく影響していることを経験しました。それは、冬のある日、実験室で飼っている動物の腸管運動をいつものように測定していたのですが、思うような結果が得られません。試薬をかえてみたり、実験機器を調整してみたりといろいろやったのですが、うまくいきません。

 ふと窓を見たら、気づかないうちに外は大雪になっていました。自分の吐く息も白くなっており、実験室内の温度も低くなっていたことがわかりました。測定がうまくいかなかったのは、部屋の温度が下がり、腸管運動が低下してしまったことが原因でした。

 この腸管が持つ温度の「センサー」を調節することで、おなかの調子を整えることができます。この季節は冷たいものを控え、おなかの中の温度を下げすぎないように心がけることが大切です。

 腸管の温度センサーを改善する薬について、研究が進んでいます。山椒さんしょう生姜しょうがに含まれる成分に、改善の作用があることがわかりました。この二つの薬草が含まれる「大建中湯(だいけんちゅうとう)」は、おなかの冷えに有効であることが昔から知られています。

 さらに研究が進み、実は山椒と生姜だけでは温度センサーを改善する作用は少なく、 朝鮮人参ちょうせんにんじんが加わることによって効果が大いに高まることがわかってきました。大建中湯には、朝鮮人参も使われています。先人の知恵の確かさを再認識しました。

 夏本番、冷たいものを飲む機会が増えます。「夏におなかを冷やすと秋に風邪をひきやすくなる」とも言います。おなかを冷やさないように気をつけてください。