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コラム

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地域で異なる病気、それぞれの対処法

 今月17日から19日の予定で、宮崎県では第68回日本消化器外科学会総会が開かれています。テーマは、「In Pursuit of Gastroenterological Surgery for the Next Generation(次世代のための消化器外科を求めて)」です。私は今回、参加できなかったのですが、以前にこの学会が宮崎で開催されたときには、会場でアロハシャツが参加者全員に配られ、いつもはネクタイと背広で発表している医師たちも南国の制服に着替えて夏の日を過ごしたことを思い出します。

 この宮崎の地では、大学の先輩が地域医療で活躍されています。この先輩医師から「都会ではみない病気がごまんとあるんだよ」と教えていただいたことがあります。確かに、日本全国、各地にはその地域独特の病気があるのです。

 たとえば、北海道では寒さのために「冷え症」が多いと思っていたら、実は防寒対策が行き届いているために意外と少なく、むしろ東京の方が「冷え症」が多かったりします。太平洋側に比べて日本海側は湿気が多く、関節痛や腰膝の痛む方が少なくありません。

 インターネットで「冷えて膝が痛んだときに、防已黄耆湯(ボウイオウギトウ)がいい」という書き込みが札幌の人からあったとします。同じ症状で悩んでいる宮崎の人は、この書き込みをみて「わたしと同じ症状だから、防已黄耆湯を飲んでみたい」と考えます。しかし、札幌の人と宮崎の人を取り囲む環境は全く異なるのではないでしょうか。

 環境が異なり、体格や年齢も違えば、同じ症状でも病気の状態は違ってきます。もしかすると全く違った病気の場合もあるわけです。

 もしご自身の体のことで悩んでいるときは、インターネットの情報をそのまま鵜呑みにせずに、ぜひ、医師や薬剤師など直接、医療従事者に相談してください。漢方医学を熟知した専門医に相談してみると、「あなたの症状は、防已黄耆湯ではなくて疎経活血湯(そけいかっけつとう)ですよ」と違った薬の名前が挙るかもしれません。どちらも冷え症の薬ですが、防已黄耆湯は膝から下の冷えとむくみ、疎経活血湯は腰から下のしびれと痛みに用います。

 以前にもお話しした通り、漢方医学を学んだ医療従事者はまだまだ少なく、皆さんの声を直接お聞きできるだけの専門医はいません。今後、教育プログラムが充実すれば、しっかりと漢方医学を学んだ医療従事者が増えていくことと思います。

 そうなれば漢方医学は、現在のようなひとつの症状に、ひとつの薬を選択する「症状名投与」ではなく、地域の特性に合わせ、その人の体質なども細かくみたうえで、病気の状態にあった薬を全国どこででも選択できるようになると考えています。漢方医学の分野でも、「次世代のため」に取り組みが進んでいます。

夏の暑さと冷え 「特効薬」教えます

 わたしは毎日、東京タワーを眺めて仕事をしています。昼間、夏の青い空を背景にオレンジ色をした東京タワーは、すばらしい で立ちです。夜になってランドマークライトとダイヤモンドヴェールのきれいなネオンに飾られる姿も、また、幻想的です。最近は、大展望台が「2020」と照明され、オリンピック・パラリンピック開催誘致に一役買っています。

外で熱中症、会社でクーラー病

 夏の暑さと冷房の冷えで、体調を崩す人、多くいらっしゃいますね。外に出れば「熱中症」で倒れ、会社では「クーラー病」で倒れてしまう。そんな人は、漢方医学で対策を考えるとよいかもしれません。

 漢方医学には、「寒熱」という考え方があります。唇の色が紫になり手足が氷のように冷たい状態を「寒」、顔があかくほてって、だらだらと汗を流しているような状態を「熱」といいます。

 「寒」の状態は冬だけでなく、夏にも起こります。例えば通勤中の電車の中、オフィスでクーラーがききすぎているときなど、体が冷えてガタガタと震えてきてしまう状態は、「寒」といえます。中には、おなかが痛くなったり頭痛がしたりする場合もあります。

 「熱」の状態も夏だけではなく、冬に暖房のきいた部屋に厚着でいたり、長風呂をしてしまったりしたときなどは「熱」といえます。汗が滝のように流れて、ぐったりしてしまう場合もあります。

 このように体が暑さ寒さに対応できないために起こる場合のほか、感情の起伏により頭に血が上り、顔が真っ赤に鬼のようになる場合もあります。状況は様々です。

 それぞれの状況に応じて対応は違ってきますが、この季節、多くの方に参考にしていただけそうな「特効薬」をお教えします。

特効薬は「常温の水」と「濡れたハンカチ」

 夏の「寒」には、水分の補給方法を考えるとよいでしょう。

 夏場は水分を多めにとるように気をつけている方が多いと思います。しかし、あまり冷たいものばかりを飲んでいては体を内側から冷やしてしまい、さらに外から冷房で攻められては、体はたまったものではありません。常温の水分をとるようにしましょう。

 また、食事のとき、最初におなかへ入れる食べ物や飲み物を温かいものにする工夫が大事です。仕事の後の冷たいビールはおいしいですが、まずは温かいお茶を一杯胃に入れてから、乾杯をするように心がけてください。

 夏の「熱」には、首の後ろを冷やすようにするとよいと思います。汗が噴き出てしまう人など、脱水を気にして水分をとると、さらに汗が噴き出てくることがあります。そんなときは冷たい水でらしたハンカチで、首の後ろを冷やしてみてはいかがでしょうか。

 夏のシーズン、おいしいビールを飲めるように、漢方医学で体調管理をお願いします。

医師も患者になる 副作用に悩む

 「指がドラえもんになっちゃいました」 消化器内科医のMさんから、相談を受けました。

 昨年、Mさんは大腸がんで手術を受け、その後は外来化学療法を受けながら、医師の仕事も続けているのです。そう、医師も時には、患者になるんですよ。

 「私の指は、ドラえもんのように、鉛筆を握ることができなくなってしまいました」と、むくんだ指を見せてくれました。その指は、皮膚の色が黒くなり爪がひび割れを起こしていました。これは、ゼローダやTS-1などの経口5-FU系抗がん剤による特徴的な副作用で、足の指にも同じような症状が出現します。

 「しびれと痛みがあって、歩くのもつらいんですよ」とMさんは、末梢神経障害があることも教えてくれました。この副作用はオキザリプラチンなどの抗がん剤白金製剤によるものと考えられました。

指のむくみに困り果て

 Mさんは続けます。「いろいろと薬をつかってるんだけど、よくならないんだよね。今津先生の本には、治療を始める前から内服しないと効果がないと書いてあったけれど、わたしの症状、漢方薬では、もう治らないのかなぁ」。いつも明るいMさんが、悲しそうな声になっていました。

 Mさんはむくんで黒くなった指を曲げたり伸ばしたりしながら、「わたしは、他の患者さんに比べると副作用は軽い方だと思うんだけど、この指先の症状だけはつらいなぁ」と、声もだんだん小さくなっていきます。

 抗がん剤による副作用対策として、皮膚の色素沈着や爪の障害には、外用薬の塗布。神経障害には、非ステロイド性消炎鎮痛薬、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミン複合剤などのビタミン製剤が使われますが、なかなか、良い結果が得られません。

毒を使って副作用を退治する

 冷え症の治療薬として紹介した「附子(ぶし)」を使って、この指先の症状を改善させることができます。

 「附子」は、トリカブトの根です。「トリカブト殺人事件」を覚えている方もおいでだと思いますが、これに含まれるアコニチン毒により中毒を起こすことがあるので、使い方には注意が必要です。

 医薬用医薬品となっている「附子」をがん化学療法の副作用の治療に使用する場合は、少量から徐々に増量すると安心です。

 「今からでも間にあいます」

 本当につらそうなMさんに、わたしは附子を追加して内服するように助言しました。これまでの経験から、すでに症状が出現してしまっていても、うまく附子を使えば指先の症状をよくすることができると考えたからです。

 わたしは、「附子を今飲んでいる薬とあわせてお飲みくださいね。動悸やのぼせといった附子の副作用に注意しながら、少しずつ量を調整していきましょう。必ず良くなりますよ」と説明しました。

 医療従事者も、まだ、充分に漢方医学を理解していただいておりません。一人でも多くの医師に理解が広がるようにと願っています。

不妊治療 まずからだを作らないと

 「不妊治療をしているのですが、なかなか妊娠しないのです。何とか漢方の力でお願いできないでしょうか」と、この数年の間、産婦人科へ通院されていたLさんが切実な目をしてお話しされました。中学時代から月経になると体調を崩してきたLさんは、「母にすすめられて漢方薬を飲んでいました。そのときは月経も定期的にきていたんですよ」と話します。

 「結婚してからも仕事を続けていますが、体がつらく、朝は指がむくみ、夕方は足がむくみます。特に月経の前はむくみがひどく、朝起きたときに顔もむくんでいることがあります。」と月経周期で体調がかわることも悩みの種のようです。

ホルモンで変わる女性のからだ

 男性にはない女性ホルモンの変化。男性の方には、あまり理解されてないかもしれませんが、漢方治療をおこなうためには大変重要なポイントになります。

 女性ホルモンには卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモンの2種類があります。卵胞ホルモンは、卵巣から卵子が排卵するように刺激を加えます。すると卵胞となる元の黄体からは、黄体ホルモンが分泌されるようになります。このふたつのホルモンの働きによって、女性の体は変化していきます。早朝に女性が基礎体温をはかると、黄体ホルモンが分泌される時期には、体温が上昇し高温期になります。

 女性が月経周期でむくみを感じるのは黄体ホルモンの変化による場合があります。また、からだの冷えなどにも関係があります。

不妊治療もサプリもお休み

 Lさんの場合は、「からだのだるさとむくみ」がひどく、妊娠を希望されて産婦人科からホルモン治療を受けていました。しかし、なかなか結果には結びつきませんでした。わたしはLさんに「仕事も毎日、たいへんでしょうね。でも妊娠、出産も大変な仕事ですよ。いまの体の調子では、そんな大仕事をふたつもかかえることができるとは思えません。まずは、体を作らないとだめだと思います」とお話しさせていただきました。

 どんなにホルモン療法で卵胞を誘発させても、体が卵胞を受け入れるだけの状態になければ、いい結果を得ることはできないでしょう。どんな畑でも、いい野菜を作るためにはちゃんと土を耕し、水を撒き、肥料を加え、太陽のエネルギーを与える必要があります。そうやって手入れをした畑に種をまき、ひとつひとつ大切に育ててはじめて実がなります。現代医学が進歩しても、からだがしっかりと準備ができていなければ、新しいいのちを育てることは難しいと考えます。

 Lさんには、「まず、体の調子を整えましょう。」とお話しして、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を内服していただくことにしました。これは血行を改善して体をあたためる作用と、ホルモンバランスを整える効果が期待できる薬です。

 さらに飲んでいたサプリメントや健康食品などを一時、お休みしていただきました。というのも、体に良かれと思ったサプリメントや健康食品が、知らないうちにびっくりするほどたくさんになって、逆に体に負担をかけていると考えたからです。「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、どんなに体に良いと思うものでも、体が疲れているときには毒になる場合があります。

 そして、体の調子が戻るまで、不妊治療も少しお休みしていただきました。

少しずつ改善

 それからLさんは毎週、外来でこれまでの経過をいろいろとお話ししていただきながら、体調管理につとめました。

 朝、指がむくむ症状は1~2週間で、夕方の足のむくむは2~3週間で軽くなりました。「月経前になると、まだ、顔がむくみます。しかし、以前と比較するとよくなってきましたよ。それに疲れにくくなってきました」と笑顔がでるようになってきました。

 1か月が過ぎました。「あれだけ、不調だった体が自分でも元気になったことが実感できています」と嬉しそうなLさん。「よかったですね。でも、ここで焦らず、もうしばらく畑に肥料と水をまいていきましょうね。本格的な夏がそろそろやってきます。あと1、2か月たって、暑さも本格的になったころ、不妊治療を再開してはどうでしょうか。いっぱい太陽のエネルギーをもらって、秋には良い結果がでることを一緒に期待しましょうね」とお話ししました。

「ありがとうございます」という言葉を残してくれたKさんへ

 胃がんの治療のため通院されていたKさんのご主人から電話がありました。先日からがんの再発で入院されていたKさんが亡くなられた、とのことでした。

 わたしと笑顔の美しいKさんとの出会いは、まだ、わたしが大学で外来を担当していた数年前のことでした。Kさんが外来にお見えになるときは、いつもご主人とお二人で診察室へ入ってこられる、仲のいいご夫婦でした。

薬の副作用に苦しみ

 「最初の手術で胃を半分取ったのです。その後、大腸にもがん細胞がみつかりました。ただ、主治医の先生から大腸にできた病気は取りきることができないと説明を受け、バイパスの手術を受けました。」とニコニコとかわいい表情でお話しになります。

 「問題は、その後なんですよ。主治医の先生に勧められた薬が、どうしても自分には合わなくて内服するのが苦しくて、苦しくて、なんとかがんばって続けてきましたが、そろそろ限界のようで、体が持ちません」と今度は今にも泣き出しそうな表情です。すると今度はご主人が「妻は、本当にがんばっているんですよ。すごい吐き気と体のだるさという抗がん剤の副作用が少しでも軽くなる方法がないものか、いろいろと調べていたところ先生を探し当てたんです」とメモをみながら治療経過について詳しく説明してくださりました。

 早速、主治医宛の手紙(診療情報提供書)を作成し、現在の治療の副作用が強いことを相談にこられたこと、漢方薬を併用することについて主治医の意見をもらいたいこと、を書いてお渡しすることにしました。

がん化学療法と漢方治療を併用

 その後、しばらく主治医によるがん化学療法とわたしの漢方治療を受けていただくことになりました。当初、残された時間は数ヶ月といわれていた状態からも回復し、春がきて、そして夏がやってきました。「先生にいわれた通り、漢方薬を飲んでいますよ。ね、元気でしょ」と外来にご主人と一緒にこられるKさんは、いつも笑顔でした。

 「あれほどつらかった副作用も、教えていただいた飲み方だと副作用も軽くすんで元気でいられます。本当にありがとうございます」と満面の笑顔で必ずご挨拶されていかれます。わたしがお教えした内服方法は、抗がん剤の血中濃度を一定に保つことにポイントを置いた飲み方です。この内服方法をわかりやすく丁寧に説明させていただいただけでした。けっして特別な内服方法ではなかったのですが、Kさんにとっては、ピッタリと合った方法だったようでした。

 その後、ときには体調が悪く、通院できない時もありました。「漢方薬が苦くて飲めません。たくさん余ってしまっています」とおっしゃるときもありました。そんなときは「いいですよ、飲めなくても。薬だけが治療ではありませんから」とご説明させていただきました。

 一時、腸閉塞になり緊急手術を受けられたときなどは、ご主人ひとりで相談にお見えになっていただきました。その後は、体の芯が冷えて体調が悪くなることが多くなりましたので、人参湯(にんじんとう)と真武湯(しんぶとう)を組み合わせて作った「茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)」を飲んでいただきました。「これを内服するとおなかが温まって気持ちがいいんですよ、ありがとうございます」と電話口でお話しするKさんに向かって思わず、わたしは会釈を返してしまいました。

最後の診察も笑顔で

 わたしがKさんにお会いしたのは、2ヶ月前の診察が最後でした。そのときのKさんは、歩くのもやっとで、ご主人も口数少なく静かにお二人で診察室に入ってこられました。そんな時でもKさんは笑顔でお話しになりました。「先生、そろそろ体がつらくなってきました。先生の外来にこられるのも、今回が最後だと思います」とはっきりとお話しされました。わたしは胸が苦しくなるのをぐっと我慢して、Kさんの話を聞きました。「漢方治療があることを主人に教えてもらい本当によかったと思います。西洋薬と漢方薬のおかげで元気に過ごすことができました。これまで本当にありがとうございました」と優しい声で話されました。

 「ありがとうございます」という言葉をくださったKさんへ。短い間でしたが、いっしょにいろいろなお話をさせていただく機会をいただきありがとうございました。わたしがこれからお会いするだろうKさんと同じ病気で苦労されている方たちに、Kさんの気持ちが少しでも届きますように。そして、「ありがとうございます」という言葉を、今度はわたしがたくさんの人へ届けられるようになりますように、みていてくださいね。Kさん、たくさんの思い出をありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。

がん治療に疲れきった時に

 「がん細胞が体の中にいたって、元気で長生きなら良いじゃないの? 先生、そう思いませんか」といつも笑顔で話すHさんは、青森県からわざわざ漢方の治療を受けに来られる50歳の乳がん術後の患者さんです。

 「8年前に乳がんの手術をしたとき、リンパ節に転移があったものですから、がん化学療法を受けたのですが、これがつらくてつらくて・・・」と病気のことなのにHさんは明るく語ります。「その後、数年経ってからこんどは肺に転移が見つかってしまい、ホルモン療法が始まりました。すると副作用で、きゅうに顔が暑くなったり、イライラしたりといった症状が出て困りました。そんなときに、漢方治療を始めました」。

 どんな時も笑顔のHさんに、わたしの方がいつも元気と勇気をいただいていました。

 しかし、一度は消えていたHさんの肺の影が、今年に入って、再び見つかったのです。乳がん術後9年目の再発に、さすがのHさんも「やっぱり、どこかに残っていたんでしょうか」とふさぎ込みます。わたしが主治医の先生の意見をたずねると、「ホルモン療法を再開するそうです。また、副作用との戦いですね」と寂しそうな笑顔を浮かべました。

 

ホルモン療法と漢方治療を併用

 漢方薬の基礎研究で、転移予防の効果が期待できる漢方薬がいくつかあります。例えば、がんの肝転移には、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、肺転移には人参養栄湯(にんじんようえいとう)など、病態によって選択肢が変わります。それぞれの漢方薬の異なった作用メカニズムが明らかにされています。

 Hさんの肺転移を考えれば、人参養栄湯が選択肢にあがりますが、わたしはこれまでの治療経過と診察結果、そしてHさんの様子をみて、あえて十全大補湯を処方しました。Hさんは肉体的にも、精神的にも疲れきっていました。全身の状態を改善することに主眼をおいた処方です。これでホルモン療法の副作用も軽減されるはずです。


5月になり、2か月ぶりにHさんが東京へやって来ました。「青森はまだ、寒いけれど東京はすっかり春ですね」とHさんの声が診察室に響きました。「CT検査の結果、胸のがん細胞は大きくなっていないんですって」とHさんは嬉しそうに話していました。

 少し安堵したわたしに、Hさんが「十全大補湯を飲んでいると、元気になる気がしますよ」といいます。人参養栄湯か十全大補湯にするか、悩んだ末に処方を決めたわたしにとって、たいへんうれしい言葉でした。

 「主治医の先生に聞けないこと、不安なこと、いつも先生に全部、ぶつけるようにしています。すると心も体も軽くなって、青森に帰ることができます」。Hさんはすっかり元の明るさを取り戻していました。

 がん治療は、エビデンスやガイドラインにそって治療が行われます。このお陰で、日本全国どこでも質の高いがん治療が受けられるようになりました。しかし、さまざまな薬が使えるようになり、効果が期待できるようになった代わりに、多くの副作用とも戦う必要が出てきました。

 そんなとき、Hさんのように漢方治療をうまく活用することで、質の高い日常生活を得ることもできます。重要なことは、ひとつの副作用を軽減するためだけではなく、体全体の状態を調節するために漢方医学を活用することだと、わたしは考えます。

胸の苦しみ 心臓からか、不安からか

 「胸が苦しいんです」とおっしゃる38歳の主婦Jさん。突然、心臓の鼓動がドキドキと早くなったり、脈が飛んだりする症状で、以前から悩んでいたJさんは、家事やリビングでくつろいでいるときなど、1日のうち何度か脈のリズムが乱れると訴えます。

 「どこかの病院で心臓の検査を受けましたか」とたずねたところ、「心臓の専門医や大学病院の循環器科で詳しく調べてもらったのですが、原因不明でした」とのことでした。日常生活をしながら24時間連続して心電図を記録する検査でも、不整脈はあるものの大きな問題はないと診断されたそうです。しかし、Jさん自身は、「ドキドキ」が何の前兆もなく襲ってくるため、いつも恐怖におびえていました。

 わたしがJさんを診察したときは、すでに他の漢方専門医から「炙甘草湯(しゃかんぞうとう)」という「動悸」の治療目的で処方され、内服していました。

 この「炙甘草湯」という漢方薬は、「体力がおとろえて、疲れやすいものの動悸、息切れ」に用いられる不整脈の特効薬です。これまでにわたしも不整脈を訴える患者さんに処方させていただき、よい結果を得た経験がありましたので、しばらく、内服を続けていただきました。

苦しみの原因は?

 しかし、1か月経っても、2か月経っても、Jさんの「ドキドキ」は良くなりません。「先生、わたしの胸の苦しみ、治らないんでしょうか?」と、Jさんの不安は増すばかりでした。

 治療が思うようにいかないわたしは、Jさんに、どんなときに症状が出るのか、なにか関係することはないのか、もっとくわしく、何度も聞くようになりました。しかし、どんなに聞いてもこれといった前兆やきっかけを見つけることができませんでした。

 思い悩んだわたしは、あらためてくわしい心臓の検査を受けていただきました。確かに不整脈が認められましたが、やはり命に関わるようなタイプではありませんでした。心臓の専門医や大学病院の循環器科の医師が診断したように、薬による治療の必要がないことを、Jさんによく説明しました。

 その上で、漢方薬を不整脈の「炙甘草湯」から、不安を取り除く効果がある「柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」へ変えることにしました。「ドキドキ」の原因は不整脈ではなく、心に付きまとう「不安」かもしれないと考えたのです。

「ドキドキ」はゆっくり消えていった

 その後も、しばらくは「ドキドキ」は何度かJさんを苦しめました。ところが今年2月、「先生、最近、ドキドキ、感じなくなりました」「日常生活で不整脈のことを忘れていることが多くなりました」と、おっしゃるようになったのです。長い間、Jさんを苦しめてきた「ドキドキ」が徐々に消えていったのです。

 そして、4月になりました。Jさんからは、「不思議なんですが、日常生活では『ドキドキ』があったことすら忘れています」という言葉をいただきました。わたしも飛び上がるほど嬉しくなりました。

最先端「粒子線療法」と漢方を一緒に

日本東洋医学会学術総会のため、鹿児島に来ています。「漢方“力”“その技とサイエンス”」をテーマに、さまざまな病気に使われている漢方薬の話題が取り上げられます。がんに対する「粒子線療法」や老後の健康管理に漢方治療が活用されている話題などが取り上げられています。

先日、同僚のご家族のがん相談を受けました。

患者さんは80歳になるおばあ様で、病気は膵臓がんでした。ご存じの方も少なくないと思いますが、膵臓がんは見つけるのが難しいだけではなく、治療も難しい病気です。

この方は、非常に発見が早く、がんの大きさが2cm以下で周囲のリンパ節への転移もありませんでした。日本膵臓癌学会の「膵癌取り扱い規約」では進行度I期の状態でした。状態にもよりますが、一般にはがんを切除する外科手術の対象になりえます。

しかし、お体の調子が悪く、主治医から手術が受けられない状態と診断されたそうです。

日本が最先端 粒子線治療とは

まずは、体調管理からはじめることにしました。この方の場合は、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を服用していただくことになりました。この漢方薬は免疫力を高める効果があり、がん診療でよく使われているものです。

ただ、漢方薬だけでは、がんは治りませんので、わたしは「粒子線療法」をお薦めしました。

「粒子線療法」とは、放射線治療のひとつです。日本が世界で最も進んでいるとされる分野のひとつで、治療施設は日本国内に十数か所あります。その中でも千葉県にある放射線医学総合研究所重粒子医科学センターでは、すでに延べ5000例以上の実績があり、多くのがん治療が行われています。

「粒子線療法」と従来の放射線治療の違う点は、放射線による正常な組織への影響が少ないことです。からだの深い部分にできたがん細胞の場合、皮膚からがん細胞までの間を放射線が通り抜ける時に、どうしても、正常な組織へダメージを与えてしまいます。しかし、「粒子線療法」ではピンポイントにがん細胞を狙うことができるため、正常な部分への影響がほとんどありません。

最先端医学と漢方治療、どちらの治療法を選ぶか、ではなく、どちらもうまく使いこなすことが大切です。

同僚のご家族は、その後、「粒子線療法」を受けることにしました。おばあ様は、現在、漢方薬を内服しながら「粒子線療法」中だそうです。頑張ってくださいね。

仕事とがん治療両立 悩みは「男の肌」

外来化学療法 仕事しながらがん治療

 課長のIさんは、銀行に勤める52歳の男性です。白髪が目立ち始めた頭を短く刈り、しっかりとネクタイを締めて毎日仕事に励んでいます。そんなIさん、実は2年前に大腸がんの手術を受けたのでした。それまで、お酒もたばこも吸わない生活をしていましたが、会社の定期健診で「便潜血陽性」と言われ、専門病院で検査したところ、S状結腸というところにがんがみつかりました。

 治療は腹腔鏡手術でしたので、手術後のキズの痛みは思っていたよりも楽だったそうです。術後に主治医から病理組織検査の結果から抗がん剤の治療をすすめられ、この2年間定期的に週末には「外来化学療法」を受けてこられました。

 最近よくがん拠点病院で行われている「外来化学療法」は、抗がん剤による点滴治療を、入院しないで外来通院で行う方法です。入院の必要がないため、働き盛りの人にとっては大変ありがたい治療法のひとつになっています。

 雨の日も、真夏日も、雪の日も、Iさんは自宅から電車で病院へ治療を受けに通いました。主治医から「体の調子はどうですか?」と聞かれると、決まって「大丈夫です」と答えてきたIさん。実際、管理職としての仕事も手術前と変わらず続けてこられましたし、休みは家族で旅行にも出かけてきました。仕事を休むことなく、がんの治療が2年も続けられてきたことに、Iさん自身も会社の人たちも、驚いていました。

男にも肌の悩みはあります

 そんなIさんにも、ひとつ困っていることがありました。それは、薬による肌への副作用です。

 大腸がん術後に使われる抗がん剤にセツキシマブ(アービタックス)というEGFR系阻害薬があります。この薬の副作用で顔と背中に紅いブツブツができてしまうのです。まるで中学生のようにニキビができた顔で仕事へ出かけるのは、Iさんもやはり気が滅入ります。

 悩んだIさんから「漢方治療で何かいい方法はありませんか?」と相談を受けました。「よくテレビで、美容や肌に良い漢方薬があると、宣伝していますよね。抗がん剤の副作用でできるニキビは、漢方薬では治りませんか」と切実な願いでした。

 そこで、いつもニキビに処方する漢方薬を服用していただきました。しかし、結果は、思った効果が得られません。「先生、あまり良くなりません」と困り顔のIさんを前に、わたしもしばし考え込んでしまいました。

西洋薬と漢方薬の併用できれいに

 そんなある日のこと、Iさんが外来へお見えになりました。するとこれまでのブツブツが嘘のようになくなり、ニキビのないきれいな肌になっているではありませんか。

 Iさんに、何が起こったのか聞いてみました。すると、たまたま受診した他の外来でテトラサイクリン系抗生物質(ミノサイクリン)を処方してもらったところ、数日でスーッと紅味が引いて治っていきました、とのことでした。

 わたしがこれまで何人もの患者さんへ治療した経験から、こんなに短期間でよくなったケースは初めてでしたので、たいへん驚きました。

 このときのわたしは、漢方薬だけで治そうとして、西洋薬との併用という選択肢を忘れてしまっていたわけです。改めて西洋薬と漢方薬の併用という選択肢を思い出させてもらえた貴重な経験となりました。

 西洋薬の抗生物質と漢方薬を併用したことで、Iさんの悩みの種が一気に解消されました。きれいな顔になったIさん、ますます元気に仕事とがん治療を両立しています。

髪の悩みにあの手この手

  5月も半ばを過ぎ、もうすぐ6月。一年の半分が過ぎようとしています。月日が過ぎるのは、本当に早いですね。

 私が慶應義塾大学医学部外科学教室で指導を受けた東京医科歯科大学市川病院・安藤暢敏院長の退官記念パーティーが来週、開かれます。約20年前、安藤先生から科学的な視点から病気を考えていくことを学びました。そのとき「まず、始めること。始めたらやめないこと」という言葉をいただきました。これまでコツコツと外科と漢方の両方をやってこられたのも「継続は力なり」という、この言葉のお陰です。

 「髪の悩み、男と女で処方違う」でお話しましたように、髪の悩みを解決するために漢方医学を活用することができます。具体的な話をさせていただこうと思います。

 がん化学療法に伴う脱毛は一時的なもので、治療が終わると数週間で元に戻ってきます。

 しかし、脱毛には遺伝的要素が大きく影響することが最近の研究で明らかになっています。自分は家系的に避けられないんだ、とあきらめるのではなく、少しでも予防のヒントが見つかればと思います。

 以前、頭皮をトントンと叩く道具が流行ったことがありましたが、「頭にはいくつものツボがあるから、これを刺激することで髪が生えてくるんだよ」と、石野尚吾先生(元日本東洋医学会会長)に聞いたことがあります。実際に叩いてみると、気持ちよく感じる部分がありますから、効果は期待できそうですね。

 民間療法として伝わっているのは、水蛭(すいてつ:ヒル)を脱毛部分につけて血を吸わせる方法や、薄くなっている部分にお灸をしたり、糠(ぬか)の油を塗ったりするのだそうです。わたし自身は、どれも実際にやった経験がありませんので、残念ながら事の真偽はわかりません。

漢方薬で解決したケース

 今から十数年前、当時はまだ外科専門だった私の外来に、胃潰瘍の治療にお見えになった中年のサラリーマンの方がいました。脱毛についてもかなり悩んでいらっしゃいました。仕事が忙しく、夜も寝る時間がなかなかとることができないと、疲れた表情でお話になったことを記憶しています。

 彼のお腹を診察すると肋骨の下を押すと抵抗を感じる「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」という漢方医学では典型的なサイン(所見)があったため、迷わず「大柴胡湯(だいさいことう)」を処方しました。漢方医学では、脱毛に柴胡(さいこ)剤を用いる事が多くあります。

 その後、数か月が経ち、徐々に髪が生えそろってきました。忙しいなか根気よく通院されたご本人だけではなく、奥様にも大変感謝されたことを覚えています。これがきっかけで、「外科医が脱毛を治す」ようになったわけです。