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コラム

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「ありがとうございます」という言葉を残してくれたKさんへ

 胃がんの治療のため通院されていたKさんのご主人から電話がありました。先日からがんの再発で入院されていたKさんが亡くなられた、とのことでした。

 わたしと笑顔の美しいKさんとの出会いは、まだ、わたしが大学で外来を担当していた数年前のことでした。Kさんが外来にお見えになるときは、いつもご主人とお二人で診察室へ入ってこられる、仲のいいご夫婦でした。

薬の副作用に苦しみ

 「最初の手術で胃を半分取ったのです。その後、大腸にもがん細胞がみつかりました。ただ、主治医の先生から大腸にできた病気は取りきることができないと説明を受け、バイパスの手術を受けました。」とニコニコとかわいい表情でお話しになります。

 「問題は、その後なんですよ。主治医の先生に勧められた薬が、どうしても自分には合わなくて内服するのが苦しくて、苦しくて、なんとかがんばって続けてきましたが、そろそろ限界のようで、体が持ちません」と今度は今にも泣き出しそうな表情です。すると今度はご主人が「妻は、本当にがんばっているんですよ。すごい吐き気と体のだるさという抗がん剤の副作用が少しでも軽くなる方法がないものか、いろいろと調べていたところ先生を探し当てたんです」とメモをみながら治療経過について詳しく説明してくださりました。

 早速、主治医宛の手紙(診療情報提供書)を作成し、現在の治療の副作用が強いことを相談にこられたこと、漢方薬を併用することについて主治医の意見をもらいたいこと、を書いてお渡しすることにしました。

がん化学療法と漢方治療を併用

 その後、しばらく主治医によるがん化学療法とわたしの漢方治療を受けていただくことになりました。当初、残された時間は数ヶ月といわれていた状態からも回復し、春がきて、そして夏がやってきました。「先生にいわれた通り、漢方薬を飲んでいますよ。ね、元気でしょ」と外来にご主人と一緒にこられるKさんは、いつも笑顔でした。

 「あれほどつらかった副作用も、教えていただいた飲み方だと副作用も軽くすんで元気でいられます。本当にありがとうございます」と満面の笑顔で必ずご挨拶されていかれます。わたしがお教えした内服方法は、抗がん剤の血中濃度を一定に保つことにポイントを置いた飲み方です。この内服方法をわかりやすく丁寧に説明させていただいただけでした。けっして特別な内服方法ではなかったのですが、Kさんにとっては、ピッタリと合った方法だったようでした。

 その後、ときには体調が悪く、通院できない時もありました。「漢方薬が苦くて飲めません。たくさん余ってしまっています」とおっしゃるときもありました。そんなときは「いいですよ、飲めなくても。薬だけが治療ではありませんから」とご説明させていただきました。

 一時、腸閉塞になり緊急手術を受けられたときなどは、ご主人ひとりで相談にお見えになっていただきました。その後は、体の芯が冷えて体調が悪くなることが多くなりましたので、人参湯(にんじんとう)と真武湯(しんぶとう)を組み合わせて作った「茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)」を飲んでいただきました。「これを内服するとおなかが温まって気持ちがいいんですよ、ありがとうございます」と電話口でお話しするKさんに向かって思わず、わたしは会釈を返してしまいました。

最後の診察も笑顔で

 わたしがKさんにお会いしたのは、2ヶ月前の診察が最後でした。そのときのKさんは、歩くのもやっとで、ご主人も口数少なく静かにお二人で診察室に入ってこられました。そんな時でもKさんは笑顔でお話しになりました。「先生、そろそろ体がつらくなってきました。先生の外来にこられるのも、今回が最後だと思います」とはっきりとお話しされました。わたしは胸が苦しくなるのをぐっと我慢して、Kさんの話を聞きました。「漢方治療があることを主人に教えてもらい本当によかったと思います。西洋薬と漢方薬のおかげで元気に過ごすことができました。これまで本当にありがとうございました」と優しい声で話されました。

 「ありがとうございます」という言葉をくださったKさんへ。短い間でしたが、いっしょにいろいろなお話をさせていただく機会をいただきありがとうございました。わたしがこれからお会いするだろうKさんと同じ病気で苦労されている方たちに、Kさんの気持ちが少しでも届きますように。そして、「ありがとうございます」という言葉を、今度はわたしがたくさんの人へ届けられるようになりますように、みていてくださいね。Kさん、たくさんの思い出をありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。

がん治療に疲れきった時に

 「がん細胞が体の中にいたって、元気で長生きなら良いじゃないの? 先生、そう思いませんか」といつも笑顔で話すHさんは、青森県からわざわざ漢方の治療を受けに来られる50歳の乳がん術後の患者さんです。

 「8年前に乳がんの手術をしたとき、リンパ節に転移があったものですから、がん化学療法を受けたのですが、これがつらくてつらくて・・・」と病気のことなのにHさんは明るく語ります。「その後、数年経ってからこんどは肺に転移が見つかってしまい、ホルモン療法が始まりました。すると副作用で、きゅうに顔が暑くなったり、イライラしたりといった症状が出て困りました。そんなときに、漢方治療を始めました」。

 どんな時も笑顔のHさんに、わたしの方がいつも元気と勇気をいただいていました。

 しかし、一度は消えていたHさんの肺の影が、今年に入って、再び見つかったのです。乳がん術後9年目の再発に、さすがのHさんも「やっぱり、どこかに残っていたんでしょうか」とふさぎ込みます。わたしが主治医の先生の意見をたずねると、「ホルモン療法を再開するそうです。また、副作用との戦いですね」と寂しそうな笑顔を浮かべました。

 

ホルモン療法と漢方治療を併用

 漢方薬の基礎研究で、転移予防の効果が期待できる漢方薬がいくつかあります。例えば、がんの肝転移には、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、肺転移には人参養栄湯(にんじんようえいとう)など、病態によって選択肢が変わります。それぞれの漢方薬の異なった作用メカニズムが明らかにされています。

 Hさんの肺転移を考えれば、人参養栄湯が選択肢にあがりますが、わたしはこれまでの治療経過と診察結果、そしてHさんの様子をみて、あえて十全大補湯を処方しました。Hさんは肉体的にも、精神的にも疲れきっていました。全身の状態を改善することに主眼をおいた処方です。これでホルモン療法の副作用も軽減されるはずです。


5月になり、2か月ぶりにHさんが東京へやって来ました。「青森はまだ、寒いけれど東京はすっかり春ですね」とHさんの声が診察室に響きました。「CT検査の結果、胸のがん細胞は大きくなっていないんですって」とHさんは嬉しそうに話していました。

 少し安堵したわたしに、Hさんが「十全大補湯を飲んでいると、元気になる気がしますよ」といいます。人参養栄湯か十全大補湯にするか、悩んだ末に処方を決めたわたしにとって、たいへんうれしい言葉でした。

 「主治医の先生に聞けないこと、不安なこと、いつも先生に全部、ぶつけるようにしています。すると心も体も軽くなって、青森に帰ることができます」。Hさんはすっかり元の明るさを取り戻していました。

 がん治療は、エビデンスやガイドラインにそって治療が行われます。このお陰で、日本全国どこでも質の高いがん治療が受けられるようになりました。しかし、さまざまな薬が使えるようになり、効果が期待できるようになった代わりに、多くの副作用とも戦う必要が出てきました。

 そんなとき、Hさんのように漢方治療をうまく活用することで、質の高い日常生活を得ることもできます。重要なことは、ひとつの副作用を軽減するためだけではなく、体全体の状態を調節するために漢方医学を活用することだと、わたしは考えます。

胸の苦しみ 心臓からか、不安からか

 「胸が苦しいんです」とおっしゃる38歳の主婦Jさん。突然、心臓の鼓動がドキドキと早くなったり、脈が飛んだりする症状で、以前から悩んでいたJさんは、家事やリビングでくつろいでいるときなど、1日のうち何度か脈のリズムが乱れると訴えます。

 「どこかの病院で心臓の検査を受けましたか」とたずねたところ、「心臓の専門医や大学病院の循環器科で詳しく調べてもらったのですが、原因不明でした」とのことでした。日常生活をしながら24時間連続して心電図を記録する検査でも、不整脈はあるものの大きな問題はないと診断されたそうです。しかし、Jさん自身は、「ドキドキ」が何の前兆もなく襲ってくるため、いつも恐怖におびえていました。

 わたしがJさんを診察したときは、すでに他の漢方専門医から「炙甘草湯(しゃかんぞうとう)」という「動悸」の治療目的で処方され、内服していました。

 この「炙甘草湯」という漢方薬は、「体力がおとろえて、疲れやすいものの動悸、息切れ」に用いられる不整脈の特効薬です。これまでにわたしも不整脈を訴える患者さんに処方させていただき、よい結果を得た経験がありましたので、しばらく、内服を続けていただきました。

苦しみの原因は?

 しかし、1か月経っても、2か月経っても、Jさんの「ドキドキ」は良くなりません。「先生、わたしの胸の苦しみ、治らないんでしょうか?」と、Jさんの不安は増すばかりでした。

 治療が思うようにいかないわたしは、Jさんに、どんなときに症状が出るのか、なにか関係することはないのか、もっとくわしく、何度も聞くようになりました。しかし、どんなに聞いてもこれといった前兆やきっかけを見つけることができませんでした。

 思い悩んだわたしは、あらためてくわしい心臓の検査を受けていただきました。確かに不整脈が認められましたが、やはり命に関わるようなタイプではありませんでした。心臓の専門医や大学病院の循環器科の医師が診断したように、薬による治療の必要がないことを、Jさんによく説明しました。

 その上で、漢方薬を不整脈の「炙甘草湯」から、不安を取り除く効果がある「柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」へ変えることにしました。「ドキドキ」の原因は不整脈ではなく、心に付きまとう「不安」かもしれないと考えたのです。

「ドキドキ」はゆっくり消えていった

 その後も、しばらくは「ドキドキ」は何度かJさんを苦しめました。ところが今年2月、「先生、最近、ドキドキ、感じなくなりました」「日常生活で不整脈のことを忘れていることが多くなりました」と、おっしゃるようになったのです。長い間、Jさんを苦しめてきた「ドキドキ」が徐々に消えていったのです。

 そして、4月になりました。Jさんからは、「不思議なんですが、日常生活では『ドキドキ』があったことすら忘れています」という言葉をいただきました。わたしも飛び上がるほど嬉しくなりました。

最先端「粒子線療法」と漢方を一緒に

日本東洋医学会学術総会のため、鹿児島に来ています。「漢方“力”“その技とサイエンス”」をテーマに、さまざまな病気に使われている漢方薬の話題が取り上げられます。がんに対する「粒子線療法」や老後の健康管理に漢方治療が活用されている話題などが取り上げられています。

先日、同僚のご家族のがん相談を受けました。

患者さんは80歳になるおばあ様で、病気は膵臓がんでした。ご存じの方も少なくないと思いますが、膵臓がんは見つけるのが難しいだけではなく、治療も難しい病気です。

この方は、非常に発見が早く、がんの大きさが2cm以下で周囲のリンパ節への転移もありませんでした。日本膵臓癌学会の「膵癌取り扱い規約」では進行度I期の状態でした。状態にもよりますが、一般にはがんを切除する外科手術の対象になりえます。

しかし、お体の調子が悪く、主治医から手術が受けられない状態と診断されたそうです。

日本が最先端 粒子線治療とは

まずは、体調管理からはじめることにしました。この方の場合は、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を服用していただくことになりました。この漢方薬は免疫力を高める効果があり、がん診療でよく使われているものです。

ただ、漢方薬だけでは、がんは治りませんので、わたしは「粒子線療法」をお薦めしました。

「粒子線療法」とは、放射線治療のひとつです。日本が世界で最も進んでいるとされる分野のひとつで、治療施設は日本国内に十数か所あります。その中でも千葉県にある放射線医学総合研究所重粒子医科学センターでは、すでに延べ5000例以上の実績があり、多くのがん治療が行われています。

「粒子線療法」と従来の放射線治療の違う点は、放射線による正常な組織への影響が少ないことです。からだの深い部分にできたがん細胞の場合、皮膚からがん細胞までの間を放射線が通り抜ける時に、どうしても、正常な組織へダメージを与えてしまいます。しかし、「粒子線療法」ではピンポイントにがん細胞を狙うことができるため、正常な部分への影響がほとんどありません。

最先端医学と漢方治療、どちらの治療法を選ぶか、ではなく、どちらもうまく使いこなすことが大切です。

同僚のご家族は、その後、「粒子線療法」を受けることにしました。おばあ様は、現在、漢方薬を内服しながら「粒子線療法」中だそうです。頑張ってくださいね。

仕事とがん治療両立 悩みは「男の肌」

外来化学療法 仕事しながらがん治療

 課長のIさんは、銀行に勤める52歳の男性です。白髪が目立ち始めた頭を短く刈り、しっかりとネクタイを締めて毎日仕事に励んでいます。そんなIさん、実は2年前に大腸がんの手術を受けたのでした。それまで、お酒もたばこも吸わない生活をしていましたが、会社の定期健診で「便潜血陽性」と言われ、専門病院で検査したところ、S状結腸というところにがんがみつかりました。

 治療は腹腔鏡手術でしたので、手術後のキズの痛みは思っていたよりも楽だったそうです。術後に主治医から病理組織検査の結果から抗がん剤の治療をすすめられ、この2年間定期的に週末には「外来化学療法」を受けてこられました。

 最近よくがん拠点病院で行われている「外来化学療法」は、抗がん剤による点滴治療を、入院しないで外来通院で行う方法です。入院の必要がないため、働き盛りの人にとっては大変ありがたい治療法のひとつになっています。

 雨の日も、真夏日も、雪の日も、Iさんは自宅から電車で病院へ治療を受けに通いました。主治医から「体の調子はどうですか?」と聞かれると、決まって「大丈夫です」と答えてきたIさん。実際、管理職としての仕事も手術前と変わらず続けてこられましたし、休みは家族で旅行にも出かけてきました。仕事を休むことなく、がんの治療が2年も続けられてきたことに、Iさん自身も会社の人たちも、驚いていました。

男にも肌の悩みはあります

 そんなIさんにも、ひとつ困っていることがありました。それは、薬による肌への副作用です。

 大腸がん術後に使われる抗がん剤にセツキシマブ(アービタックス)というEGFR系阻害薬があります。この薬の副作用で顔と背中に紅いブツブツができてしまうのです。まるで中学生のようにニキビができた顔で仕事へ出かけるのは、Iさんもやはり気が滅入ります。

 悩んだIさんから「漢方治療で何かいい方法はありませんか?」と相談を受けました。「よくテレビで、美容や肌に良い漢方薬があると、宣伝していますよね。抗がん剤の副作用でできるニキビは、漢方薬では治りませんか」と切実な願いでした。

 そこで、いつもニキビに処方する漢方薬を服用していただきました。しかし、結果は、思った効果が得られません。「先生、あまり良くなりません」と困り顔のIさんを前に、わたしもしばし考え込んでしまいました。

西洋薬と漢方薬の併用できれいに

 そんなある日のこと、Iさんが外来へお見えになりました。するとこれまでのブツブツが嘘のようになくなり、ニキビのないきれいな肌になっているではありませんか。

 Iさんに、何が起こったのか聞いてみました。すると、たまたま受診した他の外来でテトラサイクリン系抗生物質(ミノサイクリン)を処方してもらったところ、数日でスーッと紅味が引いて治っていきました、とのことでした。

 わたしがこれまで何人もの患者さんへ治療した経験から、こんなに短期間でよくなったケースは初めてでしたので、たいへん驚きました。

 このときのわたしは、漢方薬だけで治そうとして、西洋薬との併用という選択肢を忘れてしまっていたわけです。改めて西洋薬と漢方薬の併用という選択肢を思い出させてもらえた貴重な経験となりました。

 西洋薬の抗生物質と漢方薬を併用したことで、Iさんの悩みの種が一気に解消されました。きれいな顔になったIさん、ますます元気に仕事とがん治療を両立しています。

髪の悩みにあの手この手

  5月も半ばを過ぎ、もうすぐ6月。一年の半分が過ぎようとしています。月日が過ぎるのは、本当に早いですね。

 私が慶應義塾大学医学部外科学教室で指導を受けた東京医科歯科大学市川病院・安藤暢敏院長の退官記念パーティーが来週、開かれます。約20年前、安藤先生から科学的な視点から病気を考えていくことを学びました。そのとき「まず、始めること。始めたらやめないこと」という言葉をいただきました。これまでコツコツと外科と漢方の両方をやってこられたのも「継続は力なり」という、この言葉のお陰です。

 「髪の悩み、男と女で処方違う」でお話しましたように、髪の悩みを解決するために漢方医学を活用することができます。具体的な話をさせていただこうと思います。

 がん化学療法に伴う脱毛は一時的なもので、治療が終わると数週間で元に戻ってきます。

 しかし、脱毛には遺伝的要素が大きく影響することが最近の研究で明らかになっています。自分は家系的に避けられないんだ、とあきらめるのではなく、少しでも予防のヒントが見つかればと思います。

 以前、頭皮をトントンと叩く道具が流行ったことがありましたが、「頭にはいくつものツボがあるから、これを刺激することで髪が生えてくるんだよ」と、石野尚吾先生(元日本東洋医学会会長)に聞いたことがあります。実際に叩いてみると、気持ちよく感じる部分がありますから、効果は期待できそうですね。

 民間療法として伝わっているのは、水蛭(すいてつ:ヒル)を脱毛部分につけて血を吸わせる方法や、薄くなっている部分にお灸をしたり、糠(ぬか)の油を塗ったりするのだそうです。わたし自身は、どれも実際にやった経験がありませんので、残念ながら事の真偽はわかりません。

漢方薬で解決したケース

 今から十数年前、当時はまだ外科専門だった私の外来に、胃潰瘍の治療にお見えになった中年のサラリーマンの方がいました。脱毛についてもかなり悩んでいらっしゃいました。仕事が忙しく、夜も寝る時間がなかなかとることができないと、疲れた表情でお話になったことを記憶しています。

 彼のお腹を診察すると肋骨の下を押すと抵抗を感じる「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」という漢方医学では典型的なサイン(所見)があったため、迷わず「大柴胡湯(だいさいことう)」を処方しました。漢方医学では、脱毛に柴胡(さいこ)剤を用いる事が多くあります。

 その後、数か月が経ち、徐々に髪が生えそろってきました。忙しいなか根気よく通院されたご本人だけではなく、奥様にも大変感謝されたことを覚えています。これがきっかけで、「外科医が脱毛を治す」ようになったわけです。

髪の悩み、男と女で処方違う

 Golden week、天気に恵まれ自然を愉しまれた方も多いことと思います。この時期は色とりどりの野菜がスーパーの店先に並び、食卓が華やかになりますね。皆さんは緑、赤、青、黄とたくさんの野菜の中からどんな基準で選んでいますか? 昔から色の濃い食材を取ると髪が黒くなると言われています。

 わたしが女性外来で学んだことのひとつに、「髪」の問題があります。髪で悩んでいるのは男性に限ったことではないのです。髪の艶がなくなる、抜ける、薄くなる、などのトラブルは、女性にとっても大問題です。とくに女性の場合は、命に関わりますからね、だって「髪は女性の命」ですから。

私も抜け毛で苦労した

 わたし自身も脱毛に悩んだ時期がありました。当時のわたしの生活は、「医者の不養生」そのものでしたので、毎日の抜け毛がひどいことが気になっていました。

 そのときわたしは漢方医学にある「脱毛にはエネルギーを補うこと」という考え方で窮地を脱したのでした。このときの「エネルギー」というのは、栄養をたくさん取ることではありません。人生を生きていく上でのエネルギーを意味し、日頃の疲れや精神的な負担を軽くすることでエネルギーを補っていく必要があるということです。

がん化学療法の副作用である脱毛

 乳がんの治療を受けている方には髪のトラブルでお困りの方も多いと思います。がん化学療法に伴う脱毛は毛包の毛母細胞が障害されることにより起こると考えられています。精神的ストレスも重なり、脱毛はがん化学療法の副作用のなかで大きな問題となっています。

 漢方医学では、治療中は生きるためのエネルギーをがん治療に使ってしまうため髪にエネルギーを回すことができず、髪が薄くなると診断します。治療が終われば、髪にもエネルギーを使うことができますので、必ず髪は戻ってきます。

他人のオススメ、期待できない

 漢方医学では脱毛の悩みを抱えている人たちの治療方法が、男性と女性で異なります。「わたしは、この薬で髪が生えてきたから、あなたにもお勧めするわ」と友人・知人からもらった薬を飲んでも効果は期待できません。本来のかたちは、医師が丁寧に診察をして、ひとりひとりにあった治療法と漢方薬を選ぶことです。

 脱毛における漢方治療のポイントは、男性には元気をつけるように、女性には女らしさを取り戻すような処方を心がけることです。

女性のがん 漢方薬で悪化?

 わたしが村田高明先生(現日本臨床漢方医会理事長)から約15年前に漢方医学を学んだとき、村田先生の外来には毎回100人近くの女性の患者さんが受診されていました。ここで学んだことが基礎となり、この2年間、わたしは女性専門クリニックの診療を担当し、約1万人の患者さんの体調を事細かにおうかがいする貴重な経験をさせていただきました。「女性ホルモンの変化で、肉体的な体調も精神的な気分も大きく変わる」ことや「ちょっとした気温や気圧の変化など気候によって、体調が影響される」ことなど、女性特有の体調について多くのことを学びました。

 この女性専門クリニックでは、北里研究所に日本で初めて「冷え症外来」を開設した渡邉賀子先生の診療を間近で見ることができました。女性を健康で元気にするためには「冷え症」の治療が重要なこと、それが他の体調不良の改善のポイントになることを学びました。

 このことから、「女性のがん」治療には「冷え症」の治療が不可欠であることに気づきました。

女性ホルモンが関係するがん

 女性に特有のがんと言えば、乳がん、子宮がん、卵巣がんなどがあげられます。乳がんは、男性の患者さんもいて、男女比は1対100ですが、子宮がん、卵巣がんは、女性特有です。すべて女性ホルモンが関係する悪性疾患です。女性ホルモンによってがん細胞が増殖する場合があるため、がん細胞を抑える目的で、女性ホルモンを抑制する治療が行われています。

 漢方薬が女性の病気によく用いられることから、女性ホルモンと同じような作用があると考えられ、「女性のがん」ではがん細胞を増殖させるのでは?と勘違いされる方がいますが、大きな間違いです。乳がん治療を担当している医師や薬剤師からも、「女性ホルモンの刺激で増殖する性質を持つがん細胞(エストロゲン受容体陽性がん細胞)に漢方薬を投与してよいのか?」とよく聞かれます。

「作用せず」実験で明らかに

 これについては、基礎実験の結果がありますので紹介します。

 月経不順、不妊症、更年期障害などに良く用いられる当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遥散(かみしょようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を女性ホルモンの刺激で増殖する性質を持つがん細胞(エストロゲン受容体陽性がん細胞)に投与します。女性ホルモン(エストロゲン)を投与した場合は、がん細胞は増殖しますが、3種類の漢方薬を投与した場合は、がん細胞は増殖することはありませんでした。

 この結果から、「これらの漢方薬は、女性ホルモンの刺激で増殖する性質を持つがん細胞を増殖させる作用は、ない」という結果が得られています。「女性のがん」治療には、漢方薬を安心して活用することができるわけです。

 このように、基礎実験などの科学的根拠をしっかりと押さえた上で、漢方医学をがん診療に活用することによって、いまより多くのがん患者さんの苦痛を少しでも軽くすることができるものと信じています。

骨の化石も薬に イライラにカルシウム

 ゴールデンウイークは、どう過ごされる予定ですか? 日頃の肉体的ストレスと精神的ストレスを取るための休みとして、のんびりと過ごすのも良いと思います。わたしはこの連休、アロマセラピストの方と一緒に、漢方医学の勉強をする予定です。

 漢方薬の材料には、いろいろなものがあります。皆さんの中には、漢方薬というと、魔女が怪しげな壺の中へトカゲのしっぽや毒キノコを入れて、グツグツ煮ている姿を想像する方もいらっしゃるかもしれません。しかし、日本で使われている医療用漢方薬には、トカゲも毒キノコも入っていませんから、安心してください。

 主な材料は、植物の根や葉で、あとは木の実や茎など。普段、食卓に置いてあるものでは、ウナギにかける山椒、料理の味付けに使う生姜も使います。珍しいものとしては、牡蠣(かき)の貝殻や大型ほ乳類の化石化した骨などがあります。

 今回紹介するHさんは、肝臓がん術後の患者さんです。いまから10年前に右肺がんで手術を受けられた後、3年前にC型肝炎から肝細胞がんになり、ラジオ波焼灼術を受けられた町工場の親父さんです。

 このところHさんが外来にお見えになると「先生に相談しても、仕方がないんだけれど」と言いながら、仕事のトラブルについて愚痴をこぼすことが多くなっていました。先日は、「アベノミクスだそうだが、うちのような小さな工場は、毎日厳しくてねぇ・・・息子達のことを考えると、夜も眠れず、昼間、イライラがつのって仕方がないんだ」と貧乏揺すりをしながら、おっしゃりました。

 クリニックへおいでの患者さん達は、病気というストレスを抱えて入ってこられます。そんな荷物を少しでも軽くできないだろうか?と考えて、わたしはこう言いました。「う〜ん、カルシウムが足りないとイライラすると言いますからねぇ。漢方薬でカルシウムが一杯入っているものがありますから、それをお出ししますね」。

 処方したのは柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)です。牡蠣の貝殻や化石化した骨などが使われています。

 そして、漢方薬を内服するときには、まず温かいお湯に漢方薬を溶かしていただき、香りと味をゆっくりと感じながら飲んでもらうようお話しさせていただきました。

 しばらくして、Hさんが外来へやって来ました。前回と違って、少し落ち着いた雰囲気で、「あのカルシウムが入っている漢方薬、飲み始めてから仕事がうまくいくようになったんだ。もうしばらく、だしてもらえないかなぁ」と話されました。どうも、イライラと一緒に仕事のトラブルも漢方薬が治してくれたようでした。

 ちなみに、この柴胡加竜骨牡蛎湯には、同じ名前でも製薬会社が違うと、下剤として使われる「大黄(だいおう)」が入っていたり、入っていなかったりしますので、医師に確認されると良いと思いますよ。

のどが詰まる…逆流性食道炎?がんの場合も

 「のどになにか、詰まっている感じ」を経験したことがありますか。この症状は、Rome3機能性消化管障害の診断基準で、「ヒステリー球」と呼ばれているもので、漢方医学では「梅核気(ばいかくき)」といいます。よくテレビのCMで流れているので、逆流性食道炎の症状として聞かれたことがある方も多いと思います。

 今から10年前、のどのつまりを訴えて、とある耳鼻咽喉科を受診された60歳のJさん。「ストレスがたまると、のどに何かあるような、まるで卓球のボールが詰まっている感じになります」とのことで、いろいろと検査しましたが、異常が見つかりませんでした。他院の内科からは「逆流性食道炎ではないか?」との見立てで薬を処方されてもいました。しかし、耳鼻科医は念のために詳しく調べてもらうようにと言われて、わたしのところへ胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)を受けにいらっしゃったのです。

 「内科から薬をもらったら、症状も軽くなったので、何ともないと思うけれど、耳鼻科の先生がどうしてもとおっしゃるので」と元気な声でお話しをされるJさん。早速、検査を受けていただきました。

 結果は、「食道がん」。それも5cm以上もある大きな進行食道がんでした。

 Jさんには、手術ではなく、抗がん剤と放射線治療を組み合わせた化学放射線療法を受けていただきました。治療中の副作用に対しては漢方薬を併用し、すべての治療を無事に終えることが出来ました。

もしも同じ症状が出たら…

 あれから10年が経ちました。先週行った胃カメラの結果を聞きに、Jさんが奥様とお見えになりました。来週から海外旅行へ行かれるのだそうで、挨拶にみえたのです。「先生にがんを見つけてもらってから、いろいろな国で美味しいものを沢山食べてきました。ただ、旅行中に前のようにのどが詰まる感じがあったら、どうすればいいのでしょうか?」と少々、不安な様子。

 そこで、「Jさん、先週の胃カメラでは再発の所見など、全くありませんでしたから、ご心配いりませんよ。ただ、のどの違和感があるのでしたら、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)という薬があります。これを使うと良いと思います」と、Jさんを漢方医学で「梅核気」の症状と診断させていただき、漢方薬を処方させていただきました。

 Jさんのように「食道がん」の治療を受けられた患者さんは、治療後何年経っても、ほんの些細なことが心配になり不安感がつのるものです。検査をしても異常がなく原因不明で西洋医学による治療方法がない場合は、漢方医学による治療を組み合わせることで、解決策がきっと見つかると思います。