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もっとも長生きな職業は?

 気持ちの良い朝、わたしは軽い靴をはいて散歩に出かけます。芝公園の緑は日に日に濃くなり、カラフルないでたちの女性が軽快にかけていきます。出勤前のサラリーマンが片手にパンを持って歩いています。増上寺の前では観光客がカメラで写真をとっています。のんびりとした朝です。短い時間ですが、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで朝日を浴びると、頭の中にエネルギーがひとつ、ふたつと生まれるのを感じます。

 「健康で長生きすること」は、楊貴妃やクレオパトラも望んだ永遠のテーマです。みなさんは、どんなことに気をつけられているでしょうか。

 わたしのクリニックには「どうすれば、長生きできますか」と、唐突に質問される方もいらっしゃいます。この質問をされる方は、実はたいへん多く、だいたいが初診の患者さんで、診察が始まって一言二言しか会話をしていないうちに聞いてくる場合が多いのです。

 しかし、この質問はまるで、哲学や宗教の真理を聞かれているようで、回答に困ります。

 そんなとき、かならず例に出して説明させていただく話があります。

 いまから約30年前に福島県立医科大学の森一教授が報告された「昭和55~57(1980~82)年における10種の職業集団の平均死亡年齢と死因に関する調査」があります。この調査は、長生きするには、どんな生き方をすると良いかを考えさせてくれます。当時行われた国勢調査をもとにしているそうです。

 わたしたちは、長い間、仕事にたずさわっていると、知らない間に肉体と精神を酷使しています。仕事があなたの健康に、大きな影響を与えます。この調査は、仕事が平均寿命にも関係があるだろう、という仮説から行われた統計です。残念ながら、当時の社会環境から、働く女性に関するデータは少なく、対象は男性だろうと考えられます。

 調査の結果、一番、長生きだった職業は、「僧侶」です。驚くことに「僧侶」は奈良時代から長寿の職業である、と記載されています。

 二番は「実業家」、三番「政治家」と続きます。どちらも定年がなく、常に社会とつながっている職業です。

 この3つの職業に共通するものは、何でしょうか。社会的地位や経済的環境など、いろいろな意見があると思います。しかし、大切なのは、当時の日本の状況を少し考えることです。1980年ごろの日本は、経済的な成長の勢いが今よりもずっと強く、その半面、公害問題もありました。当時、少し余裕ができた日本人が改めて自分たちの人生を見つめ直したとき、「健康に長生きすること」に何が大切か、を考えたのでしょう。

 この報告には、「僧侶」が長生きの理由として、ふたつのことをあげています。

 1.食べ過ぎなどに注意して、節生を心がけたこと

 2.瞑想めいそうの時間をとり、精神的なゆとりをもつこと

 当時の日本人に必要と考えられたふたつの条件は、現代のわたしたちにも当てはまるようです。

 忙しい日々の中で、ほんの少しの時間でも、健康のために体を動かし、自然の音に耳を傾ける時間を作ることが、大切なのだと考えられます。わたしの朝の散歩も、こんなところから大切にしていることのひとつです。ぜひ、みなさんも「健康に長生きすること」に、時間を作ってみてはいかがでしょうか。

お腹の音で腸の状態がわかる

 腹の虫は、「グ~」「コロコロ」「ギュルギュル」といろんな音で鳴きます。みなさんの腹の虫は、どんな鳴き声ですか。わたしもお昼が近づくと、おなかから音が聞こえてきます。そろそろ昼休みだと、腹時計にしている人もいらっしゃるでしょう。若い女性は、人前で鳴ることを恥ずかしく思うかもしれません。ですが、実はお腹の音は、腸の状態を知る大切な情報でもあります。

 この音は、腸が動くときの音です。腸と腸がこすれ合う音ではなく、腸の動きによって、腸の中身が移動する音です。腸の中身が、液体なのか、固体か、によって音が違ってきます。

 癒着などで狭くなった腸が、食べ物などで詰まっている状態を腸閉塞といいます。腸閉塞(イレウス)の患者さんの音は、医学的に「金属音」とされています。聴診器でお腹の音を聞くと、金属の板の上に、水を垂らしたような響く音がします。腸閉塞の時は、腸が風船のように膨らみます。膨らんだ腸の中を消化液など水分が移動するときに起こる音が、金属音です。パーンと張った腸の壁が、タンバリンをたたいたときのように音を出すわけです。こんな時、腹部のレントゲンを撮ってみると、拡張した腸が映し出されます。

 お腹の音で、腸の状態がわかります。

 わたしは、患者さんに、お腹の音が何時頃にするのか、をよく聞きます。午前中からグルグルとよく鳴る人、昼食後にゴロゴロと鳴る人、トイレの前にギュルギュルと鳴る人など、様々です。


午前中に鳴る人
午前中からお腹が鳴る人は、消化管が生まれつき弱い人に多く、シナモンが入った漢方薬を使います。シナモンには、腸管の動きを調節する作用があります。


食後の人
食後に鳴る人は、消化力に問題がある人に多く、半夏(はんげ)が入った漢方薬を使います。半夏は、消化を助ける作用があります。


トイレの前の人
トイレの前に鳴る人は、痛みを伴う場合もあります。このため、朝の電車に怖くて乗ることができなくなる人も、いらっしゃいます。この場合は、生姜しょうがが入った漢方薬を使います。生姜は、お腹を温めて痛みをやわらげる作用があります。


 みなさんのお腹の状態は、いかがでしょうか。健康で元気に毎日を過ごすために、胃腸を整えることは、大変重要です。そのためにも、ご自分のお腹の音に耳を傾けてみてはいかがでしょう。

猫の手も借りたい! 新生活で原因不明の腹痛

 突然ですが、東京都渋谷区立松濤しょうとう美術館では、5月18日まで、リニューアル記念特別展「ねこ・猫・ネコ」が開催されています。に行かれた方もいらっしゃるでしょうか。「猫舌」のわたしも、先日、拝見してきました。

 この展覧会は、猫の写真を持参すると、「ネコ割り」で、入場料が20%割引になるサービスがあります。ぜひ、かわいい猫の写真をお持ちの方は、持参されると良いと思います。

過敏性腸症候群?

 「過敏性腸症候群」と診断されたTさんが、母親と一緒に受診されました。Tさんは、4月から新しい学校での生活が始まったばかりの中学生です。なれない環境の中でTさんは、それまでとは違った「猫の目」のようにめまぐるしく変化する学校生活に、当初、戸惑ったそうです。毎日出される授業の課題やクラブの練習に加え、新しい仲間たちとの学校生活で、「猫の手」も借りたいぐらい忙しい毎日だったのだそうです。

 Tさんの学校生活が1か月を過ぎたころ、「朝、体がだるくて、起きられない」「食欲がなく、食べるとすぐにおなかが痛くなる」という症状に悩まされるようになりました。体調を崩したTさんは、徐々に学校を休むことが多くなってきました。

 心配した家族のすすめで、近くの小児科を受診したそうです。小児科では、血液検査やレントゲン検査など、一通りの検査を行いましたが、検査結果には、特に問題はありませんでした。医師から過敏性腸症候群と診断され、胃腸薬を処方されました。

借りてきた猫のよう

 しかし、数か月たっても症状は変わらず、一向に良くなりません。困り果てた母親は、友人の紹介でわたしのところを受診されました。

 Tさんから、友達の話や家での生活について、いろいろとお話を伺いました。再度、超音波検査を行い、痛くなるというお腹もよく調べてみました。小児科で行った検査結果も、あわせて見せていただきましたが、確かに問題はありません。

 しかし、母親の前で話すTさんの様子が、「借りてきた猫」のようにおとなしく、学校生活の様子は、「猫をかぶっている」ように、わたしには感じられました。

 そこで、わたしは「猫なで声」よろしく、ゆっくりと言い聞かせるように、Tさんと母親にわたしの診断についての説明をはじめました。「体には、どこにも問題はありません。安心してください。この薬を飲めば、必ず、良くなりますから」と、香蘇散(こうそさん)をお出ししました。

 このとき、わたしは、「猫が茶を吹く」顔をしていたのかもしれません。というのも香蘇散は、香附子(こうぶし)、蘇葉(しそのは)、陳皮(みかんの皮)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうが)という薬草で、できている漢方薬で、「胃腸虚弱で神経質の人の風邪の初期」に用いられます。Tさんに、過敏性腸症候群が、まさか風邪薬で治るとは、信じてもらえないだろうと思っていたからです。

 わたしの診断は過敏性腸症候群ではありません。新しい学校で、緊張した学校生活がストレスとなってTさんの体と心を疲れさせてしまったと考えていました。昔から、「五月病ごがつびょう」とも、呼ばれるこの季節独特の病気だと診断しました。わたしは、五月病を風邪に見立てて、香蘇散を選んだのです。

 2週間後、母親から電話がありました。その後のTさんは、毎朝一番に起きるようになったそうです。朝、お腹が痛くても「香蘇散を飲んだら治った」と、元気に学校へ出かけられるようになりました、と電話の向こうでうれしそうな母親の声が響きました。

原因がわからない胃腸障害に「診断名」

 最近の医学では、検査をしても原因がわからない胃腸障害には、「猫も杓子しゃくしも」、逆流性食道炎とか、過敏性腸症候群などの診断名が、つけられることが多くなってきました。原因がわからなくても診断名がつけられると、「猫のしっぽ」のような薬が処方されることもあるそうです。

 そんなときは、漢方医学の出番です。もし、薬を飲んでも体調が回復しないとき、一度は、漢方医の診察を受けてみてはいかがでしょうか。漢方医学が、あなたの健康を取り戻してくれるかもしれませんよ。そして、猫のようにしなやかなで元気な体と、みんなに愛されるやさしい精神を身につけてみては、いかがでしょうか。


 松濤美術館「ねこ・猫・ネコ」展についてはこちら

歯や口が全身の健康に影響

今週も「歯」の話題です。

 わたしたちの永久歯は、全部で32本あります。固い繊維をかみ切る前歯、臼のようにすりつぶす奥歯と、歯には、それぞれに役割があります。

 歯は、毎日使う大切な身体の一部です。長生きするためには、身体のメンテナンスが必要ですが、同じように歯の手入れも大切です。外出の後に手を洗ったり、うがいをするのと同じように、口の中を清潔に保つことが重要です。歯の寿命を延ばすことが健康で長生きする秘訣でもあるのです。

 80歳になっても、自分の歯が20本以上あることが、健康で長生きする目安になるとして、8020(はちまるにいまる)運動が展開されています。8020運動のキャッチフレーズ「ひみこの歯がいーぜ」で、よくかむことの8つの効用をわかりやすく説明できます。
ひ 肥満防止 よくんで食べると脳にある満腹中枢が働いて食べ過ぎをふせぎます。
み 味覚の発達 よく噛んで味わうことにより食べ物の味がよくわかります。
こ 言葉の発音がはっきり よく噛むことにより口の周りの筋肉を使うため、表情が豊かになります。口をしっかり開けて話すときれいな発音ができます。
の 脳の発達 よく噛む運動は、脳細胞の働きを活発にします。こどもの知育を助け、高齢者は認知症の予防に役立ちます。
は 歯の病気を防ぐ よく噛むと唾液がたくさん出て、口の中をきれいにします。この唾液の働きが、虫歯や歯周病を防ぎます。
が がんの予防 唾液の中の酵素には発がん物質の発がん作用を消す働きがあります。よく噛んでがんを防ぎましょう。
いー 胃腸の働きを促進 よく噛むことで消化酵素がたくさん出て消化を助けます。
ぜ 全身の体力向上と全力投球 全身の体力向上と全力投球:力を入れて噛みしめたいとき、歯をくいしばることで、力がわきます。

毎日、何気なく使っている歯に、こんな大切な役割があることを皆さんは、知っていましたか。

「先表後裏」とは

 漢方医学の治療に、「先表後裏」という方法があります。「先表」とは、風邪のような感染症、けがによる痛み、病気による様々な症状を改善することです。「後裏」とは、毎日の生活を安定して過ごすために、体質を改善し、体調を整えるために漢方薬をうまく活用することです。

 先週、お話しした、症状を治す漢方治療は、「先表」にあたります。

 80歳まで歯を健康にたもつ漢方治療は、「後裏」です。「後裏」のために、漢方医学では、ジワジワと効果がでる漢方薬を使います。

 八味地黄丸(はちみじおうがん)は、加齢に伴う身体の変化に、うまく対応するための漢方薬です。八味地黄丸は、白内障、腰痛、前立腺肥大症など、高齢者に多い病気に使われています。老化に伴う歯周病などに用いられます。

 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は、ちょっとした身体の疲れや胃腸の調子を整えることで、日々の生活の質を補ってくれます。補中益気湯は、免疫力を活性化しますので口腔こうくう内環境を整えてくれます。

 「後裏」の治療に用いられるふたつの漢方薬は、味覚障害があるときにも用いられます。

 体調を整えることで、美味おいしく食事を味わえるようになります。美味しく、よく噛んで食べることが、健康につながっていきます。あらためて、自分の歯のことを考えてみましょう。歯の専門家にも定期的にチェックをしてもらい、毎日の歯の手入れもきちんとしましょう。

朝のうがいで歯を守る

みなさんは、「歯石除去」をしていますか。

 わたしは、食後に必ず歯磨きをしているのですが、しばらく歯科に通っていなかった間に、前歯にしみがついてしまいました。そこで知り合いの歯科を受診してきました。席に座ると、歯科衛生士さんが丁寧に一本ずつ「歯石除去」をしてくれました。口の中がすっきりとして、気持ちが晴れやかになりました。気にしていた前歯のしみもとれ、ホッとした気分です。定期的に受けていきたいものです。

 口元は、その人の印象を変えます。「八重歯」や「出っ歯」、歯はキャラクターの一部でもあります。何より、健康な毎日を送るためには、歯の手入れはかかせません。食べ物をよくかんで食べるために、歯は大切な道具の一つです。

 そんな大切な歯の手入れをするときに、一つ覚えておくといいことがあります。それは、口の中の環境管理です。

朝、口の中は細菌がいっぱい

 皆さんの中には、口の中は、食事の後が一番汚い状態だと考える方もいると思います。実は、朝起きたときの口の中も、かなり汚れた状態になっているんです。というのも、口の中の細菌は時間の経過とともに増えていきます。寝ている間、食べ物や水分が口の中を通過することはありませんので、細菌にとっては最適な環境が長時間、保たれます。そして迎えた朝には、細菌が口の中に増殖し、不衛生な状態になっているわけです。

 口の中の環境を整え、清潔を保つために、朝起きたとき、口の中をゆすぐことをおすすめします。漢方医学では、薬草(生薬)がうがいに使われています。
黄柏(おうばくオウゴニンによる抗菌作用、抗炎症作用など
黄(おう)ごんベルベリンによる抗菌作用、抗炎症作用、鎮痛作用など
生姜(しょうきょう)ジンゲロールによる抗炎症作用、抗潰瘍作用など
甘草(かんぞう)グリチルリチンによる抗菌作用、抗炎症作用、抗潰瘍作用など

これらの薬草が、歯磨き粉に使われている商品もありますので、自分に合ったものを選ぶと良いでしょう。

口内炎や歯の痛み、歯茎の化膿にも

 また、口に関わる病気を治す漢方薬もあります。

 以前に、お話しした「口内炎」の治療に活用する漢方薬、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)には、これらの薬草がすべて含まれています。

 歯の痛みや、抜歯後の痛みに、立効散(りっこうさん)が用いられます。

 歯茎が腫れて、化膿かのうしている場合は、排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)を用います。

 それぞれの症状に合わせた漢方治療を行うことで、健康で元気な口の中の環境管理をすることができます。


精神と肉体は切り離せない

 ゴールデンウィーク、みなさんはどう過ごす予定ですか。

 仕事の疲れをとるため、たっぷりと睡眠をとろうと考えている人、久しぶりに実家の両親の顔を見に故郷へもどる人、親しい友人と出かける人、家族と団らんする人など、様々だと思います。正月休み、ゴールデンウィーク、お盆休みと、だいたいの人は長期休暇をとることができる時期が決まっています。

 最前線で困難な仕事に立ち向かっている人や体に負担がかかる仕事に従事している人は、うまく休養をとることが、大切な資質の一つになります。

 「あんなにハードに働いているのに、大丈夫ですか」「たくさん仕事を抱えて、いつ寝ているんですか」と聞きたくなるほど、仕事や勉強を能率よくできる人がいます。そんな人ほど、うまく休みを活用しているものです。仕事や勉強のときは集中して取り組み、休むときは精神的にも肉体的にもリラックスする。このオンとオフの切りかえが、大切になります。

 そこで、休みの取り方が、重要になってきます。頭の中を空にして何も考えない時間を作ることや、趣味に没頭して仕事のことを考えないようにする方法もあります。スポーツをすることで、精神的にも肉体的にもリフレッシュする、という人もおいででしょう。

疲れていたのは体だけか

 「疲労困憊こんぱいしています」と診察室へ入ってきたSさんは、たしかに疲れた顔をしていました。「年度末で、仕事が忙しく休む暇がありませんでした」と、深くため息をつかれました。高脂血症で昨年から健康管理をさせていただいていましたので、「すると、運動不足もありそうですね」と声をかけたところ、「体がきつくて、運動どころではありませんよ」と返事が返ってきました。

 診察してみると、腹直筋が緊張して、へその近くでドクンドクンと拍動を触れました。このおなかのサインは、精神的な障害を意味します。

 そこで、Sさんに、抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)という漢方薬を出しました。この漢方薬は、「夜泣き、かんの虫」に用いるもので、精神的な疲労などにも効果を発揮します。

 2週間後、「体が軽くなり、夜もよく眠れるようになりました」と元気になったSさんがやってきました。Sさんの場合は、肉体的疲労が重なり、それが精神的疲労となり、体の不調となっていたようです。精神的疲労を改善する抑肝散加陳皮半夏が、Sさんの体調を改善してくれました。

肉体と精神のバランス重視

 「肉体だけ疲れている、精神は大丈夫」と思っている人はいませんか。実は、精神と肉体は、切り離して考えることはできないのです。

 マラソンにたとえてみましょう。レース後半、肉体がだんだんと疲れてきます。最初のうちは、精神はしっかりしていますが、まわりに追い越され、勝ち目がないレースになったとき、精神的にあきらめてしまいます。最後には精神的な疲れが出てしまい、がんばりが利かなくなります。

 この肉体と精神の関係を理解することは、生きていくために重要なポイントです。漢方医学では肉体と精神のバランスを重視します。

 「疲れているからニンニク注射をする」だけでは、疲れをとることはできません。精神の安定を図る取り組みが必要になります。

 「精神的ストレスを緩和する薬を飲む」だけでは、解決しません。肉体的な問題を見つけることが大切になります。

 Sさんの場合のように、自分では肉体的な疲労だけと考えていることが多いのですが、実際には、精神的にも疲労がたまっていることがあります。肉体と精神を分けて考えるのではなく、両方のバランスを大切にすることが大切です。

 このゴールデンウィークを精神と肉体の両方の問題点をみつけることに使ってみてはいかがでしょうか。1年をうまく乗りきるために、休みをうまく活用して、精神と肉体の手入れをしてみることも大切だと考えます。

春に必ず気が滅入る

近所の小学校の入学式で、駆け出す子供をうれしそうに眺める両親の姿を見かけました。ふと目を足元に向けると、小さな花がきれいに咲いています。タンポポ、スミレなど、いろいろな色の花が心を和ませてくれます。

 この季節、新しい出会いに、目を輝かせている人は多いと思います。しかし、新しい環境で、精神的な負担を感じる人もいらっしゃいます。期待と不安が精神的な重荷になっているわけです。

 「友達100人、できるかなぁ」と、新しい出会いにワクワクして、プラスに考えられる人もいますが、中には、「どうやって友達を作ればいいのだろう」と、マイナスに考える人もいます。

 「先生、これは病気でしょうか」

 先日、外来にいらした方は、「毎年、春になると気分が滅入めいってしまいます。わたしは春が苦手なんです」とおっしゃいました。「手足の肌に、ぴりぴりとした電気が走ったような感覚になり、気持ちが落ち着きません」と、ご自身の腕をさすりながら話します。

 冬から春に季節が変わる時期、さまざまな訴えをされる方が外来におとずれます。気分が滅入る、おなかを壊しやすい、昼間の眠気など、身体の不調を訴える方々です。

 今回のこの方を診察させていただくと、腹直筋が緊張してピンと張っていました。「そんなに身構えなくてもいいですよ」と言いながら、診察を続けます。今度は、みぞおちあたりに、軽い抵抗を手のひらに感じました。「なるほど、なるほど」と、ひとり納得しながら、診察を終えました。

 「あなたにとって、春は大きな負担になったのですね」。わたしは説明を始めました。

 土の中から草花が芽生え、冬眠から生き物が覚める季節、わたしは人の身体も大きく変わると考えています。冬の間、縮こまっていたものが、春になって大きく伸びをするとき、身体の調子も大きく変わり、精神的にも肉体的にも、負担になると考えています。

 三寒四温、この時期は気候も安定していません。気圧の変化に身体がついていけないことも、原因の一つだと思います。

 こんなときに、漢方医学では、「」の巡りが悪いと考えます。

 目に見えない「気」というものが、うまく身体の中をめぐっていないために身体の不調が起きているという考え方です。この場合、「気」を春の時期にあった状態にすることが大切です。

胃薬で?

 わたしは、この方に人参湯(にんじんとう)をお出ししました。この漢方薬は、胃薬として用いられるものです。

 どうして、「気」の病に胃薬を使うのでしょうか。それは、元気を取り戻すには、胃腸が丈夫で、食事をしっかりととらなくてはならないからです。食欲が増し、体力がつくことで気力も充実し、「気」が身体の中をめぐり、春にあった身体にしてくれるわけです。

 この方は、2週間後、元気な笑顔で診察室に入ってこられました。「これまでひとりで悩んでいたのは、何だったのか。もっとはやく相談に来ればよかった」と笑いながらお話しになりました。

 みなさんは、春をうまく迎えられているでしょうか。体調がすぐれなかったり、気分的に落ち込んでいたりしませんか。そんな時は、ひとりで悩まず、近くの医師に相談してみてください。そして、春をうまく過ごす手立てをいっしょに考えましょう。

 春をうまく過ごすことが、一年をうまく過ごすことにつながります。

子供の食物アレルギー 漢方に治療法

4月4日は、「あんぱんの日」だそうです。明治8年(1875年)のきょう、明治天皇にあんぱんが献上されたことに由来しているそうです。

 あんぱんの中身は、「あん」です。こどもたちに愛されているアンパンマンにも入っている餡は、小豆からできています。

 小豆は、昔から日本の食卓を飾る一品として重宝されてきました。お祭りや誕生日に、赤飯を炊き家族でお祝いをしました。また、お汁粉にしたり、ようかんにしたり、甘いものとしていただきます。わたしが育った名古屋の喫茶店には「あずきサンド」があります。

 このように小豆は、日本全国で食べられています。しかし、中には、小豆にアレルギーをお持ちの方もいらっしゃいますので、注意が必要です。小豆を食べると口の中がかゆくなる、じんましんがでる、呼吸が苦しくなる、などの症状があらわれることがあります。これらは、アレルギーに共通の症状です。花粉症もアレルギーの一種です。

 食べ物にアレルギー反応を示すことを食物アレルギーといいます。食物アレルギーを持っている人は、小さな子供で約5%です。大人になると食物アレルギーは、だんだんと少なくなっていきます。

 食物アレルギーの原因としては、鶏卵、牛乳、小麦、甲殻類、果物類、そばなどですが、小豆などの豆類にアレルギーがある人も、意外に多いといわれています。

 小さな子供に多い食物アレルギーですが、根治する治療法はあるのでしょうか。残念ながら西洋医学では、原因となる食材をできる限りさける方法しかありません。

 しかし、漢方医学で行う子供の治療の中には、食物アレルギーに対する治療法があります。漢方医学では、子供の腸内細菌を調節することで、食物アレルギーを治していきます。このとき使われる漢方薬が、建中湯(けんちゅうとう)類です。建中湯類は、「おなかを立て直す」クスリのひとつです。

 このように西洋医学では治療方法がない病気も、漢方医学に治療方法がある場合もあります。「医師から治療法がない」といわれてしまった場合も、「どうせ、治らない」とあきらめずに、漢方医学の医師に相談してみてはいかがでしょうか。漢方医学は、多くの悩めるみなさんのお役に立つと思います。

春野菜が春のからだに良い理由

みなさんは、春の野菜、楽しんでいますか。

 土の中から、ひょっこりと顔を出す芽。春になると、たくさんの新芽が出てきます。タラ、ふき、コゴミなど、美味おいしい山菜がいっぱいです。

 キャベツ、タマネギ、ごぼうなど、最近では1年中食卓にのぼる野菜たちも、旬の季節は、「春」です。

 先日、ある八百屋のおかみさんは「どんな野菜でも、一年中あると思っている人が多くなったの」と話していました。最近は、季節にかかわらず野菜の有無をたずねる人が、増えてきているのだそうです。夏野菜の代表選手であるトマトやキュウリも、一年を通して手に入る野菜になりました。

 しかし、これでいいのでしょうか。

 漢方医学では、季節に合わせた治療を行います。その季節に手に入るものを使って、体調管理を行っていきます。それぞれの季節に採れる野菜には、意味があります。

 春は、季節の切り替えの時期。体調を崩しやすく、肉体的にも精神的にも負担が多い時期です。この季節は、体の中から栄養補給が必要です。まずは、灰汁あくと繊維質の強い山菜類を食べることで、冬の間にためてしまった体の中のゴミを掃除しましょう。そして、疲れた体に、新しい生命エネルギーを得るため、菜の花やブロッコリーなどの新芽を積極的に取ることが大切です。また、春の柔らかい野菜たちは消化しやすく、疲れた胃腸にもやさしいわけです。

 夏は、暑い時期です。直射日光に当たり、ばてているからだは、日射病にならないように水分を欲しがっています。水分をたくさん含んだキュウリやトマトが必要になります。とうがん、スイカなども大切な水分補給の源になります。夏の暑さを吹き飛ばし、ほてった体を冷やし、水分を豊富に含んだ夏野菜は、まさに夏のためのものです。

 秋は、冬に向けて準備をする時期です。動物たちは、冬眠に向けて、いろいろな食べ物をたくさんとることで、厳しい冬を乗り切ろうと走り回ります。栄養価の高い秋野菜は、色も濃く、栄養価に富んでいます。

 冬は、寒い時期です。どうしても運動不足になり、家の中に閉じこもることも多くなります。繊維質豊富な根菜類が多い冬野菜は、胃腸の動きも悪く便秘気味になりやすい時期に最適です。

 このようにして、それぞれの季節に合わせて旬の野菜を取ることで体調管理ができるわけです。ぜひ、みなさん、春の息吹を楽しんでください。色の鮮やかな春野菜を積極的にとることで、1年を通して健康で元気な体づくりをするようにしましょう。

花粉症 まず症状を治療、次に体質改善

 みなさんは春分の日をどうやってすごしていますか。この時期、満開となる桜の花は、卒業式や入学式などいろいろな思い出と重なります。わたしも、淡いピンク色をした桜の花びらをたくさん集めて、遊んだ記憶があります。

 しかし、桜の時期は、花粉症の時期にも重なります。日本人の4人に1人は、花粉症だと言われています。わたしも花粉症対策に、余念がありません。

 花粉症の人にとって、暖かい気候の中で、マスクを付けての外出は、わずらわしくて、どうしても外出がうっとうしくなってしまいます。

 しかし、怠ってはいけません。しっかりマスクを付けて鼻と口から花粉が入ってくるのを防ぎます。そして、眼鏡をかけて、目に花粉が付くのを避けます。さらに、耳からも花粉が入る可能性がありますから、ここも防御しなくてはなりません。イヤホンなどで、花粉が耳の穴からはいってくるのを防ぎます。

 例年よりも飛散量は少ないと言われていますが、それでも、外出時は花粉が付きにくい上着を選んだり、洗濯物を家の中で干したりと、細かい注意が必要になります。みなさんも、いろいろとご苦労されていることでしょう。

「先表後裏」の治療法とは

 よく、「花粉症に効く漢方薬は、ありませんか」と聞かれます。

 「西洋薬を飲むと眠くなってしまう」「胃に負担がかかる」など、漢方薬に救いを求める人がいます。中には、副腎皮質ホルモンを含んだ薬の副作用が怖いと話す方もいらっしゃいます。

 そこで、漢方薬の出番です。花粉症治療の手順は、昔から「先表後裏(せんぴょうこうり)」にのっとって行われます。「先表後裏」とは、まず表面に表れている症状を治療していきます。その後から体の中にある問題を解決する、というものです。花粉症でみられる鼻水、目のかゆみなどは、「表」の症状ですので、こちらをまず先に治療していきます。その後、花粉症体質と言われる「裏」の問題を解決していくのです。

 「表」の症状に合わせて、よく使われる漢方薬は、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)です。小青竜湯は、鼻水がよくでる人に使われます。鼻がつまる人には、葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)です。ただ、高血圧症、甲状腺機能亢進こうしん症、前立腺肥大症などをお持ちの方は、ちょっと、注意する必要があります。それは、葛根湯加川芎辛夷に使われる麻黄(まおう)という薬草に、エフェドリンが含まれているからです。エフェドリンは、交感神経を刺激しますので、血圧が高くなったり、心拍数が増えたり、尿の出が悪くなる場合がありますので、主治医に相談してください。そんなときには、苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)、五苓散(ごれいさん)が使われることがあります。

 「裏」の花粉症の体質を改善したい場合は、胃腸の状態を中心に治していきます。ストレスがかかると胃が痛くなる人もいれば、下痢になる人もいます。体質は、一人一人異なりますから、時間をかけてコツコツと立て直す必要があります。春夏秋冬を通して、体の調子をお聞きしながら、調整していきます。

期待高い「経口ワクチン」

 最近、スギ花粉症の治療法として、「経口ワクチン」が認可されました。花粉症の時期を除いた日は、毎日、ワクチンを口に含むだけの治療法です。減感作療法の一つとして行われますので、アナフィラキシーショックなどを注意する必要がありますが、体質改善が期待できる新しい治療法です。この「経口ワクチン」は、花粉症治療の新しい1ページを開いたと感じています。この新しい治療法が、花粉症に悩む多くの人たちの苦しみを取り除いてくれると期待しています。